正しい選択 −結婚相手を選ぶにあたって神の御心を見分けるには   タイトル・ページへ

ビル・ストーンブレーカー著

 

第12章

 

ルツを贖う代価を払うボアズ

 

場面は変わり、ボアズがルツを得るための法的慣習を行なうにあたり、贖いの全過程が展開されている。4章から始める。

 

一方、ボアズは門のところへ上って行って、そこにすわった。すると、ちょうど、ボアズが言ったあの買い戻しの権利のある親類の人が通りかかった。ボアズは、彼にことばをかけた。「ああ、もしもし、こちらに立ち寄って、おすわりになってください。」彼は立ち寄ってすわった。それから、ボアズは、町の長老十人を招いて、「ここにおすわりください。」と言ったので、彼らもすわった。そこで、ボアズは、その買い戻しの権利のある親類の人に言った。「モアブの野から帰って来たナオミは、私たちの身内のエリメレクの畑を売ることにしています。私はそれをあなたの耳に入れ、ここにすわっている人々と私の民の長老たちとの前で、それを買いなさいと、言おうと思ったのです。もし、あなたがそれを買い戻すつもりなら、それを買い戻してください。しかし、もしそれを買い戻さないのなら、私にそう言って知らせてください。あなたをさしおいて、それを買い戻す人はいないのです。私はあなたの次なのですから。」すると彼は言った。「私が買い戻しましょう。」(4:1-4

 

昔は、人々は町の門に行って、社交や商売、取引や契約の証明をしたりしていた。そこは、法的手続きが行われる場所であった。町の門は、今日使われているような木製や金属製の、人が入って来ないためのプライバシーを守るための門ではなかった。古い時代の門には部屋が、門の隅や壁龕(がん)として備えられており、そこで長老たちが座り、一日の事柄を話していた。

 

そこへボアズは行って、買戻しの権利のある親戚ならびに町の指導者十人を見つけた。ボアズは、それらすべての指導者の前で、親戚に提案をして言った。「私たちの身内のエリメレクの畑を買い取る権利をあなたは持っています。買い戻したいですか。」その男はいった。「もちろん。追加に土地を得るチャンスを逃すような私ではない。ぜひ買い戻したいです。」

 

この時点で、取引を正式なものにするのに必要な要件がすべて揃っていた。十人の指導者の同席のもと、彼らは町の門にいた。するとその時だ、ボアズが爆弾発言をしたのは。それは彼のとっておきの切り札だった。熟知の上である。

 

そこで、ボアズは言った。「あなたがナオミの手からその畑を買うときには、死んだ者の名をその相続地に起こすために、死んだ者の妻であったモアブの女ルツをも買わなければなりません。」(4:5

 

ボアズの切り札は何だったのか。もし、親戚がエリメレクの畑を買いたいのであれば、マフロンの未亡人、エリメレクの義理の娘と結婚し、息子をもうけ、家名がこの地上から絶えないようにしなければならなかった。つまり、この取引にはルツが付いてきたのだ!

 

ボアズはすでにこの男の答えを予期していた。

 

その買い戻しの権利のある親類の人は言った。「私には自分のために、その土地を買い戻すことはできません。私自身の相続地をそこなうことになるといけませんから。あなたが私に代わって買い戻してください。私は買い戻すことができませんから。」昔、イスラエルでは、買い戻しや権利の譲渡をする場合、すべての取り引きを有効にするために、一方が自分のはきものを脱いで、それを相手に渡す習慣があった。これがイスラエルにおける証明の方法であった。それで、この買い戻しの権利のある親類の人はボアズに、「あなたがお買いなさい。」と言って、自分のはきものを脱いだ。(4:6-8

 

これはとても面白い慣習で、申命記25章7−10節に記録されているモーセの律法に基づいている。「しかし、もしその人が兄弟の、やもめになった妻をめとりたくない場合は、その兄弟のやもめになった妻は、町の門の長老たちのところに行って言わなければならない。『私の夫の兄弟は、自分の兄弟のためにその名をイスラエルのうちに残そうとはせず、夫の兄弟としての義務を私に果たそうとしません。』町の長老たちは彼を呼び寄せ、彼に告げなさい。もし、彼が、「私は彼女をめとりたくない。」と言い張るなら、その兄弟のやもめになった妻は、長老たちの目の前で、彼に近寄り、彼の足からくつを脱がせ、彼の顔につばきして、彼に答えて言わなければならない。『兄弟の家を立てない男は、このようにされる。』彼の名は、イスラエルの中で、『くつを脱がされた者の家』と呼ばれる。」

 

だからその男は履物なしに町の門を去るのだ。はだしで足を引きずって家路につく男を町の市民はみな「兄弟の家を建て上げない男」とみなす。そうであっても、その男の妻はおそらく幸せでほっとしていることだろう。

 

場合によっては、「兄弟の家を建て上げる」のが実際的でないこともある。ボアズがその次に近い親戚であることは周知の事実だった。ナオミとルツは見捨てられることはない。だからこの親戚が買い戻しの権利行使を拒否しても残酷だとか、思いやりがないということではない。それは思慮があり、論理的なことだった。だから、その男が自分の履物を脱いだとき、その男の顔につばを吐くのではなく、ボアズは感謝してその土地とルツを買い戻した。

 

そこでボアズは、長老たちとすべての民に言った。「あなたがたは、きょう、私がナオミの手から、エリメレクのすべてのもの、それからキルヨンとマフロンのすべてのものを買い取ったことの証人です。さらに、死んだ者の名をその相続地に起こすために、私はマフロンの妻であったモアブの女ルツを買って、私の妻としました。死んだ者の名を、その身内の者たちの間から、また、その町の門から絶えさせないためです。きょう、あなたがたはその証人です。」すると、門にいた人々と長老たちはみな、言った。「私たちは証人です。どうか、主が、あなたの家にはいる女を、イスラエルの家を建てたラケルとレアのふたりのようにされますように。あなたはエフラテで力ある働きをし、ベツレヘムで名をあげなさい。また、主がこの若い女を通してあなたに授ける子孫によって、あなたの家が、タマルがユダに産んだペレツの家のようになりますように。」(4:9-12

 

そこで、男性がボアズに習うことができる最後の特質に至る。それは無私の愛だ。自分の愛する女性のために努力をし、筋書きを書いて、計画し、労する。ルツの愛情を得るために忙しいスケジュールをボアズは調整する。それは、要求されている責任をゆうに超えて彼女のために喜んでするというメッセージを送ることになる。ボアズがこの関係に大きな価値を置き、最優先事項にしていることを、この行為が現している。ボアズは無私の愛でルツを愛している。

 

この贖いの行為にルツ記は一章全体を割いている。全てが、この重要な出来事に収束しているのだ。

 

この無私の愛の特質は、イエスの宣教において主要な動機だった。聖書はマタイ1344節でこう教えている。「天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。」この人が宝を得るために畑を買うことにし、持ち物全部を売り払ったことに気づいてもらいたい。このたとえ話(天の真理を表す地上の話)は、人類を贖うために神がどれほどのことをしてくださったのかを描いている。

 

たとえ話のが「帰って、持ち物を全部売り払って」というのは、神が、その畑を買い戻すために最も貴重な贈り物である、ご自分の子イエスをお与えになるという意味である。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)」畑はこの世界であり、神が得たいと思われているのは、世界のにある宝だ。

 

皆さんと私がその宝なのだ!神の愛が我々を神のみもとに引き寄せ、悔い改めに導く。同じように、交際している女性に対して男性が無私の愛を持つことはとても魅力的なのだ。


自己チェック

 

ボアズがエリメレクの畑を買うためには、ルツと結婚しなければならなかった。そこで、興味深い点が出てくる。誰かに自分をささげるとき、家族もいっしょについてくる。

 

1.あなたの生活の中で家族はどのくらい関わっているか。

 

 

 

 

あなたの伴侶となる人は自分の家族にどのくらい関わっているか。

 

 

 

 

a. もしあなたの伴侶になる人があなたの家族と折り合いがつかないなら、それはあなたと伴侶になる人との関係にどのような影響を与えるか。

 

 

 

 

b.  もしあなたの伴侶になる人がその人の家族と折り合いがつかないなら、それはあなたと伴侶になる人との関係にどのような影響を与えるか。

 

 

 

 

2.ボアズはルツに対し無私の愛を示した。それは、キリストが我々に持っておられるような愛である。無私の、無条件なアガペの愛だ。エペソ書5章25節には、このように書かれている。「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」

 

第一コリント13章4−8節前半を読んで、神の愛について学べることを書きなさい。

 

a. 愛は                    、愛は                     

 

  また                                              

 

b. 愛は                                                    

 

c. (愛は)                                                

 

                                                        

 

                                      

 

                                                        

 

d. (愛は)                                      

 

                                             

 

e. (愛は) すべてを                                

 

        すべてを                                

 

        すべてを                                

 

        すべてを                                        

 

f. 愛は                                                     

 

伴侶として、あるいは伴侶になる可能性のある者として、ボアズの愛とイエスの愛の特質の中であなたにとって何が最も難易度が高いか。その方面で強くなるには具体的にあなたなら何をしようと思うか。

 

 

 

 

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