正しい選択 −結婚相手を選ぶにあたって神の御心を見分けるには   タイトル・ページへ

ビル・ストーンブレーカー著

 

第4章

 

献身的なルツ

 

神はナオミに対して計画を持っておられたが、オルパとルツにも試練を用意されていた。

 

彼女たちはまた声をあげて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついていた。(1:14

 

この時点でのナオミの心境を鑑みれば、二人の義理の娘に大きな違いがあることがわかるが、それは各々の取った決断に現れている。オルパはナオミに口付けして別れを告げたが、ルツは献身と忠実のゆえにナオミにすがりついた。

 

ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上は何も言わなかった。(1:15-18

 

 ルツは我先の態度ではなく、我が身をかえりみない献身の態度をとった。これは男性が女性を見るときにとても魅力的な特質だ。

 

デニータとわたしは子供のころから恋人同士の間柄だった。ほんとに子供の頃からだ。最初に会ったのは、彼女が13歳で僕が17歳だった。彼女に引かれたことの一つは彼女の我が身をかえりみない献身だった。ルツの献身は自分の義理の母に対するものだったが、この特質はいろいろな面に向けることができる。デニータの場合は、彼女のペットが献身の対象だった。彼女は犬と亀、ウサギをそれぞれ何匹か飼っていたが、彼女は自分の動物たちを優しく愛を持って世話をしていた。具合の悪くなったハムスターの子供に人形の哺乳瓶でミルクをやって元気にするほどの忍耐が私にないのは明白だったが、彼女はそれをやってのけた。(金魚は明らかに違うケースだということがオスカーの一件でわかった。)

 

他の人、またはそれがペットであったにせよ、忠実で同情心を傾ける「他人中心」の特長はとても魅力的だ。これは極早期にスタートし、成長期、成熟期にまで引き続き養われてゆく特質だ。

 女性のうちに家庭的な面が芽生え、それが大きく育っているのを見るのはとても魅力的だ。彼女の関心が本人自身の外にあることをいとおしく思う。絶えず鏡の前で身づくろいをして、自分を可愛く見せるのではない。ただ自分のことに没頭するだけではない彼女がそこにいる。

 

テレビがわたしたちを定義付けるのか?

 

「覗き見テレビ」という新しい手法のテレビ番組にたくさんの人が釘付けになるのが僕には理解できない。えせセレブを24時間つけまわすことの何がそんなにいいのか。アンナ・ニコール・スミスやボビー・ブラウン、パリス・ヒルトンのような人たちのものすごく奇妙な行動を見てうんざりくる。こういった人物を自分たちのお手本にしたいのだろうか。真似たい男女なのか、それともただ単にとっぴな変わり者にすぎないのか。エレファントマンのジョゼフ・メリックを見ているようだ。じろじろ見るべきではないことは分かっているけれど、自分を抑えきれない。

 

 オズボーン一家の何がそんなにすごいのか。彼らは「オッジーとハリエット」の現代版なのか。オッジー・オズボーンに何を求めているのか。わいせつ性か。

 

我々の文化や態度は、ルツに見られる我が身をかえりみない献身からは次元が下がり、どんどんずれている。男は神から家の(かしら)になるように召されているが、女はその心臓部分だ。ルツには優しい心があった。我が身をかえりみない献身が。

 

それから、ふたりは旅をして、ベツレヘムに着いた。彼女たちがベツレヘムに着くと、町中がふたりのことで騒ぎ出し、女たちは、「まあ。ナオミではありませんか。」と言った。ナオミは彼女たちに言った。「私をナオミと呼ばないで、マラと呼んでください。全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから。私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を素手で帰されました。なぜ私をナオミと呼ぶのですか。主は私を卑しくし、全能者が私をつらいめに会わせられましたのに。」(1:19-21

 

ナオミの意味は「快い」である。以前ナオミは快い気質で快活な性格だったが、それが変わって、もうその名で呼ばれたくなかった。「もうあの私ではない。」と言っているのだ。「マラ(苦しむの意味)と呼んでください。今は苦しみが私の特性だからです。」と。

 

おそらくナオミの悲しみは目に見えるものだったのだろう。眉間にしわがよっていたかもしれないし、落胆が目の輝きを失わせていただろうし、ずっと眉をひそめた顔になっていたのだろう。しかし、ナオミが感じていたことはそう長くは続かなかった。神は彼女のために将来と希望を用意された。ほどなく主の喜びで心が歌い、顔が輝くための御業を神はなさっておられた。彼女はほどなく苦しい状況を神の御手が支配されるのを見るようになるのだ。

 

もし神がナオミの人生のうちで働くことがおできになったのであれば、あなたの中でも働くことがおできになる。艱難や辛苦によって自分の人となりや、自分の感情、または信仰を支配されないように。たとえ思い通りに物事が進まなくても、期待通りに状況が変わらなくても、主に従うように励ましを受けなさい。エレミヤ書2911節を思い起こしなさい。「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。・・主の御告げ。・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」神はあなたのために将来と希望を用意しておられる。行く道を踏み外さず、競走を走りなさい。主の道に忠実であれば、主があなたの願いや思いを超えて豊かに祝福してくださる。主がものすごいことをしてくださる。あなたがびっくり仰天するようなことを。


自己チェック

 

我々の文化では、「我先」の考えがあることを話した。今日人は一番を求めている。オルパとルツが再婚して自分の家族を持つために、自分の実家と自国の文化に戻ったとしても仕方ないじゃないかと思う人がきっといるだろう。

 

ルツの行動を見るに、最初のうちは、間違った行動なのではないかと思う人もいるようなことを彼女はする。しかし話が展開するにつれ、神の御手が彼女の上にあり、神の摂理により彼女が適切なときに適切な場所に置かれていることが分かってくる。それはまさに我をかえりみぬ献身から始まる。

 

1.忠実とはどのようなものか。

 

 

 

 

a.忠実な人はどんなことをするか。

 

 

 

 

b.忠実な人がしないことは何か。

 

 

 

 

2.人が自分をかえりみずに献身するとき、どのような神への信仰が必要か。

 

 

 

 

3.あなたに対して誰か忠実な人がいたときのことを思い出せるか。

 

 

 

 

そのときどのように感じたか。

 

 

 

 

4.ルツがナオミといっしょに残ることを選んだとき、彼女はナオミの神に自分の将来を託した。二人が結婚関係に入るとき、自分たちの将来を互いに託しているのかそれとも神に託しているのか。自分の答えを説明せよ。

 

 

 

 

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