正しい選択 −結婚相手を選ぶにあたって神の御心を見分けるには   タイトル・ページへ

ビル・ストーンブレーカー著

 

第5章

 

労を厭わないルツ

 

神はすばらしいことをしようとしておられる。それは夫と二人の息子を失い、前向きになることができずがっかりしているナオミの内だけではなく、我をかえりみず献身するルツの内でも働かれ、報いを与えようとされていた。

 

こうして、ナオミは、嫁のモアブの女ルツといっしょに、モアブの野から帰って来て、大麦の刈り入れの始まったころ、ベツレヘムに着いた。ナオミには、夫の親戚で、エリメレクの一族に属するひとりの有力者がいた。その人の名はボアズであった。モアブの女ルツはナオミに言った。「どうぞ、畑に行かせてください。私に親切にしてくださる方のあとについて落ち穂を拾い集めたいのです。」すると、ナオミは彼女に、「娘よ。行っておいで。」と言った。(1:22-2:2

 

その当時、魅力的な外国人が見知らぬ畑で落穂ひろいをすることは非常に危険なことだった。無節操な男どもが言い寄ってきたり、弱みに付け込んだり、もしつかまらなくてすむなら性的暴行を加えることさえあった。しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれる(ローマ5:20)。この場合、神の御手がルツの上にあり、いかなる襲撃者からも彼女を守り保護しておられた。

 

ナオミとルツはこの時点で困窮していた。何も持っていなかった。ナオミがこのように言っている。「私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を素手で帰されました。(1:21)」この二人の女性は貧困状態、一文無しであった。ベツレヘムには政府が助成金を出す生活保護制度は全くなかった。援助してくれる人も誰もいなかった。彼らにどのような選択肢があったのか。何もせずに飢えることもできたし、物乞いをすることもできた。あるいは、誰かの畑に行って落穂拾いをすることもできた。

 

古代イスラエルで、律法の中でモーセが制定した「生活保護制度」に一番近いものとしては、貧窮者が誰かの畑に行って、収穫の時に落ちたり、取り忘れたりしたものを拾う機会が与えられていたことだ。長い時間がかかる辛い仕事だ。ナオミは年を取りすぎており、そのような作業をするには体が弱りすぎていた。だが、ルツは熱心に自発的にそれをやりたいと言った。

 

ここでもうひとつ、ルツがほかの女性とは違うもう一つの特質が見られる。彼女は労を厭わなかった。喜んで働き、また一生懸命働いた。結婚相手として男性が女性を魅力的で好ましいと思える二つ目の特質がこれだ。

 

聖書は、箴言31章で、勤勉な女性について語っている。「彼女は羊毛や亜麻を手に入れ、喜んで自分の手でそれを仕上げる。彼女は商人の舟のように、遠い所から食糧を運んで来る。彼女は夜明け前に起き、家の者に食事を整え、召使の女たちに用事を言いつける。彼女は畑をよく調べて、それを手に入れ、自分がかせいで、ぶどう畑を作り、腰に帯を強く引き締め、勇ましく腕をふるう。彼女は収入がよいのを味わい、そのともしびは夜になっても消えない。(13-18節)」時間を無駄にせず熱心に働き、やらなければいけないことをやりのける女性には特別な特長がある。これは賞賛に値する特質だ。

 

また僕の妻のデニータの例を考えさせられる。彼女が若いとき、まだ実家で暮らしていたとき、彼女がしていた家事手伝いの一つは、洗濯だった。彼女の両親は洗濯機乾燥機を持っていなかったので、服をコインランドリーに持っていかなければならなかった。自分はボーイフレンドだったので、もちろん彼女を手伝った。洗濯籠に何杯分もの洗濯物を僕のステーションワゴンの後部座席に積んだ。コインランドリーで、汚れた洗濯物を5台とか6台の洗濯機に入れるのだった。

 

デニータは色付きの物とそうでないもの、おしゃれ洗いとそうでないものなどの分け方を知っていた。洗濯と乾燥が終わると、ワイシャツ、Tシャツ、ジーパン、シーツ、タオルをそれぞれ適切に畳んだ。非常に手早かった。僕も手伝ったのだが、それはちょうどウサギと亀のようだった。僕がひとつたたんでいる間に彼女は5、6枚たたんだ。当時のことを今も思い出し、彼女のことを今でも尊敬している。彼女はとても勤勉だった。それは長い年月がたっても、変わっていない。実際、彼女はこれまでになく労を厭わない。

 

怠け者は魅力的ではない

 

時間を無駄にする人は男であれ女であれ、結局他の人の神経を苛立たせるようになる。怠け者はあまり魅力的ではない。定期的に自分の賜物や才能、趣味、興味を利用し、一生懸命やる女性は男の興味を引く。独立心があり、自立した、能力のある女性を男は好く。男は魅力を感じる。

 

創世記24章には、アブラハムが自分のしもべ、エリエゼルを自分の息子イサクの嫁探しのために送り出す話が書かれている。メソポタミアにいる自分の親戚のところへ送った。エリエゼルがナホルの町に来たとき、夕暮れ時女たちが水を汲みに出てくる頃、井戸のところに立ち寄って、祈った。「私の主人アブラハムの神、主よ。きょう、私のためにどうか取り計らってください。私の主人アブラハムに恵みを施してください。ご覧ください。私は泉のほとりに立っています。この町の人々の娘たちが、水を汲みに出てまいりましょう。私が娘に『どうかあなたの水がめを傾けて私に飲ませてください。』と言い、その娘が『お飲みください。私はあなたのらくだにも水を飲ませましょう。』と言ったなら、その娘こそ、あなたがしもべイサクのために定めておられたのです。このことで私は、あなたが私の主人に恵みを施されたことを知ることができますように。(創世記24:12-14)」

 

それは主の前に置かれた興味深い「羊の毛」だった。(神の御心を試すためにギデオンが「羊の毛」を使った士師記6章を参照)。神が選んでおられる結婚相手を探す際、大きな役割を果たし、労を厭わない女性にはある特質があることに気づいた。

 

こうして彼がまだ言い終わらないうちに、見よ、リベカが水がめを肩に載せて出て来た。リベカはアブラハムの兄弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘であった。この娘は非常に美しく、処女で、男が触れたことがなかった。彼女は泉に降りて行き、水がめに水を満たし、そして上がって来た。しもべは彼女に会いに走って行き、そして言った。「どうか、あなたの水がめから、少し水を飲ませてください。」すると彼女は、「どうぞ、お飲みください。だんなさま。」と言って、すばやく、その手に水がめを取り降ろし、彼に飲ませた。彼に水を飲ませ終わると、彼女は、「あなたのらくだのためにも、それが飲み終わるまで、水を汲んで差し上げましょう。」と言った。(創世記24:15-19

 

らくだのために水を汲むのは決してたやすい仕事ではない。エリエゼルにはらくだが十頭いて、それぞれゆうに80リットルの水を飲む。リベカは、どれほどの重労働かをかえりみなかった。ただ必要を満たしてあげたいと思ったのだ。それは、800リットルほどの水の量だったのかもしれないが、その量が彼女の品性を物語っている。


自己チェック

 

既婚未婚にかかわらず、忍耐強い女性は何をしても成功する。このタイプの女性は何をしてもトップまで上り詰める何かがある。

 

この能力に男が脅威を感じるとき問題が起こる。掃除や料理、自分の世話のことになると、馬車馬のような女を好む男性がいる。しかし、妻は年季奉公人ではないし、決してそのような取り扱いを受けるべきではない。

 

1.創世記2章15節にはこのように書かれている。「神である主は、人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。」

 

パラダイスにおいてでさえ、なぜ神は男と女を働かせたのか、何か理由を考え付くか。

 

 

 

 

2.何か意義あること、あるいは困難なことを達成したときどのように感じるか。

 

 

 

 

3.一生懸命働くとき、便益を得るのはだれか。自分の答えを説明せよ。

 

 

 

 

4.現代の結婚では、夫も妻も稼ぎ手であることが多い。

 

a.家庭の内外で夫と妻ともに仕事がある場合に、避けるべき落とし穴にはどのようなものがあるか。

 

 

 

 

b.それは夫と妻の役割にどのような影響を与えうるか。

 

 

 

 

5.今日の社会ではとかく家にいる妻や母親が落伍者だと見る風潮がある。

 

キャリアを持った妻のほうが家にいる妻よりも労を厭わない妻だと考えるか。

 

自分の答えを説明せよ。

 

 

 

 

 

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