正しい選択 −結婚相手を選ぶにあたって神の御心を見分けるには   タイトル・ページへ

ビル・ストーンブレーカー著

 

第9章

 

愛と結婚

 

ルツ記の学びを少し中断して、質問したい。何によって結婚がうまく行くのか。またその反対に、なぜ結婚関係をあきらめ、離婚するのかの理由を検討しよう。

 

ある晴れた美しい日曜日の朝、小さなジョーンズビルの町の人たちはみな早起きして、地元の教会に行った。礼拝が始まる前に、町の人たちは席に座り、自分たちの暮らしや家族について話し始めた。突如サタンが祭壇に現れた。みな叫び出し、玄関へ向かって走り、悪魔の化身から逃げ出そうと、互いを踏みつけて行った。

 

程なく全員いなくなったが、一人の男だけが静かに自分の席に座って、神の大敵が現れているところに自分がいるのに気づかない様子だ。それで、サタンはやや戸惑った。サタンは男のところに歩いていって言った。「おい、おれが誰か分からないのか。」男は答えた。「ええ、もちろん分かりますよ。」サタンは尋ねた。「俺のことが怖くないのか。」男は答えた。「いいえ、全然。」今度はちょっと悪魔はイラついて言った。「で、なぜ俺のことが怖くないんだ。」これに対して男は静かに答えた。「君の妹と25年間結婚しているからね。」

 

 これは笑い話だが、悪魔の親戚の一人と結婚していると感じている人にカウンセリングしたことがある。こんな悲劇に直面してよくこう思わされる。「どの時点で関係がこじれたのだろうか。どういういきさつで、かつては結婚するほど愛していた相手をこんなに軽視、侮蔑するようになったのだろうか。」

 

離婚の弁解

 

ホノルル・アドバータイザー新聞にテレビのプロデューサーのジェニファー・ジャストの記事が掲載された。署名欄には「離婚ではなく、もしかすると結婚が問題なのだ。」と書かれていた。15年結婚して離婚したことの弁明(あるいは正当化の試み)として聞こえた。

 

ジャスト女史はこのように記事の冒頭に書いている。「先日離婚届の用紙に記入しながら、ああこれでもうすぐ自分も、今年離婚した四百万人の統計数字の一人になるのだと思いながら、夫と自分がほぼ15年前に招待した結婚式への招待客150人に詫び状を送る段になって、なぜこんなに恥ずかしい気持ちになっているのかと思った。」彼女は疑問を提示している。「今日結婚に対する理想があまりに高く、とうていそれに見合った暮らしができない。」「自由な国で、少なくとも女性雑誌や、テレビ、連邦政府などの文化的指標によると、既婚者は同じ人と死別するまで一緒に生活し、床を共にし、成長することを期待されている。それは標準年齢で結婚し標準年齢で死亡すれば、統計的に50年間またはそれ以上になる。既婚者は相手を情熱的に愛することを、けれども過度に情熱的にならないように期待されている。さもなければ、「自分が自分であることを失う」危険を冒すことになるから。

 

 それから彼女はこう述べている。「自然寿命まで結婚が続くには、結婚がこの社会が認めているよりももっと複雑でもよいとされなければいけないだろう。」フランスの離婚率がアメリカに比べて半分であることを説明できるものとして、フランス前大統領フランソワ・ミッテランと彼の長年の妾が彼の葬儀に参列した事実を彼女は指摘している。結婚の誓約とその制度がどういうものかを再検討して、結婚を近代的価値観に調節することを許可してはどうかと提案する。もしかすると、代替的な関係が必要なのではないかと。「すべての人が妾(あるいは情夫)を持つことを擁護するものではないが」としつつも、公然とした不倫が多いフランスを模範に指し示している。4

 

ジャスト女史はさらに、「一生懸命結婚を守ろうと努力する人が汚名を着せられることなく尊厳ある形で終息させることができる」結婚にすべきではないかと書いている。「生活様式が変わり、今日50年間同じ都市または同じ仕事についている人は非常に少ないのだから、結婚がこれまでと同じ形態であることを期待できようか。」

 

彼女は自分の15年間の結婚について語り、彼女と夫は子供を育て、辛い時を切り抜け、それでも敵対したりしていないという。しかし、自分の結婚観が変わった。最初は、共働きの収入がとても助けになったが、今人生の中盤にさしかかり、男の助けは必要でなくなった。「車のタイヤ交換でさえも男の助けが必要でなくなった。」彼女は自分のことは自分でできた。一緒に結婚を始めた相手は、自分が一緒に老後を過ごしたい相手ではなくなったのだ。

 

 ジェニファー・ジャストによると、問題は離婚ではなく、アメリカの結婚であるということだ。1998年時点で、1940万人が離婚し、2000万人の子供が影響を受けている。つまりほぼ3900万人にも上るという統計数字を指摘する。彼女は自分に記事を、「3900万人もの人がみな間違いではないだろう。」と締めくくっている。

 

自分の離婚を正当化するのに、何たる言い草か!新聞に書けば気持ちがすっきりするのかもしれないが、だからといって彼女の結論を正しくするものではない。彼女の言及する3900万人のうち2000万人は、無辜の子供、両親が離婚の選択をした被害者だ。

 

 もし15年結婚してその間子供を育てたのなら、その子供たちは今十代の若者だ。子供が十代のとき両親の結婚が破綻したら、それは子供に計り知れない影響を及ぼす。私自身もそれを乗り越えなければならなかった。自分に傷となり克服に何年もかかった。両親そろった家族が今でも優れた理想的な家庭だ。

 

愛は結婚を生まない、結婚が愛を生む

 

仲良くやっていけないことを弁解し、問題は結婚の高い理想にあるというなら、愛と結婚を間違って評価している。愛は結婚を生まない、結婚が愛のあるべき姿を作り、生み出す。結婚において、結婚相手を愛することを「学ぶ」のだ。

 

どんな結婚も困難な時を通る。どんな結婚も試練や艱難を通る。しかし、ある日は「愛してる」と言い、次の日には「愛してない」と言う、未熟な感覚や勝手な感情から結婚は愛を救う。辛い時を耐え忍ぶなら真の愛が育ち、すばらしい結婚が開花する。ついには、情熱的に愛し続けている結婚相手と共に老後の生活を送ることになる。

 

 ずれないための鍵は決意だ。「死によって分かれるまで」という結婚の誓約を全うする決意をするのだ。それが、愛が成長し成熟する方法だ。

 

デニータと私は結婚して四十年以上になるが、以前にもまして今私たちは互いをもっと愛している。もし、自分たちの生まれつきの、すぐに気の変わる感情や状況に任せていたとしたら、我々だって何年も前に新聞の離婚欄に名前が載り、離婚統計数字の一つに化していたであろう。幸いキリストが我々にアガペの愛が真の愛であることを示して下さった。それは自己犠牲だ。我々は以前にもまして仲がいい。しかしジェニファー・ジャストのように諦めそうになったことがあった。現在我々は天国製の結婚生活をして、その生活がとても気に入っている。試みや試練に会ったが、もうだめだと思ったときも諦めなかった。関係の中心にイエスがおられるとき、どんな夫婦でも享受することができる実を、今我々は楽しんでいると思う。それは、ボアズとルツに見られる特質に終始する。

 

ゴエル

 

ルツ記には美しいテーマがある。「買戻しの権利のある親類」またはゴエル(ヘブル語)の伝統が軸となって展開されている。この言葉は、ルツ記全体を通して13回言及されている。

 

 ルツ記はボアズとルツの間の愛の物語だけではなく、神と私たちの間の愛の物語でもあることを覚えていてもらいたい。ルツは異邦人のモアブ人で、彼女の夫のボアズはダビデ王の家系に入っており、「肉によると」そこからイエス・キリストはお生まれになった(ローマ1:3)。彼らの物語は贖いの物語だ。買戻しの権利のある親類としてのボアズはイエス・キリストの型である。彼は望みのない異邦人ルツを買い戻し、結婚し、彼女によって子孫を得る。

 ルツのように、私たち異邦人は神の約束から離されたものであったが、神の恵みによって、キリストの十字架のあがないの技によって近くに引き寄せられた。エペソ人への手紙2:11-13にはこのように書かれている。「ですから、思い出してください。あなたがたは、以前は肉において異邦人でした。・・・そのころのあなたがたは、キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。」イエスが私たちを贖おうとして死なれたとき、主は私たちを約束の相続人としてくださり、私たちを神の家族に接木してくださった(エペソ人への手紙3:6とローマ人への手紙11:17を参照)。ボアズがルツと結婚したとき、彼は彼女をキリストの系図に接木した。


自己チェック

 

強い意志は結婚で道を踏み外さないための鍵だ。それは相手への献身を要する。どんな結婚も山あり谷ありだ。とても幸せな時、深い悲しみの時、わくわくする時、たいくつな時がある。こうしたいろいろなところを通るとき、自分の結婚の誓約を守る強い意志を持ってほしい。

 

 イエス・キリストの血によって神に近くされたことを思い出してほしい。それを思い出すとき、困難な時を忍耐する力を見出すだろう。

 

1.大変になった時、次のいずれかをする傾向がある。専心して耐え忍ぶか、あるいは切り捨てて逃げるか。

 

伝道者の書4章12節には、「もしひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。」と書かれている。

 

外的な力が結婚関係を引き裂こうとする時、結婚関係においてキリストを認め続けることで私たちはどのように力を得ることができるか。

 

 

 

 

2.今日、理想が、相手への献身からロマンスに取って代えられている。しかし、相手への献身が聖書の理想だ。相手への献身とはつまり・・・

 

「今愛しているし、永遠に愛していくつもりだ。今感じているロマンスやわくわくする感情はなくなっていくだろう。口げんかすることもあるだろうし、互いを傷つけあうこともあるだろうし、面と向かって互いを見ることができない時もあるだろうし、日々の生活のイライラがあまりに大きくて一緒にいることが楽しくないときもあるだろう。一生のうち結婚していて、他に魅力的な人に一人や二人ぐらい出会うこともおそらくあるだろうとも思う。

 

そういう時が来たときも私はあなたに献身し、このことを思い出そう。たとえロマンチックな感情が消えてなくなって、腹が立ったり、寂しくなったり、傷ついても私はこの約束を守り続ける。」

 

a.その決意の代償はあなたにとっては何か。

 

 

 

 

b.その決意によってあなたは何を得るか。

 

 

 

 

リーソース・ページに戻る  タイトル・ページへ   八章に戻る  十章へ