マルコの福音書1章(Mark1)(#8029)  マルコの福音書を開きましょう。ヨハネ・マルコはバルナバの甥でした。イエスが公に宣教をされていた時に、彼は青年、というか実は少年でした。イエスが十字架にかけられた時は、だいたい12歳であったと考えられています。ヨハネ・マルコは興味深い洞察を与えてくれます。イエスがゲツセマネの園で捕らえられた時のことについてですが、園の中で人々が少年を捕まえようとしたけれども、少年はそれを振りきって園を脱出しました。これは、自分に何が起きたか個人的な証しをヨハネはしているのだと考えられています。彼は、パウロとバルナバといっしょに第一次伝道旅行に行きましたが、パウロとバルナバを離れて、いっしょに第一次伝道旅行を続けませんでした。パウロとバルナバが第二次伝道旅行に出かけようとしていた時、バルナバは再び甥のマルコをいっしょに連れて行きたいと思いましたが、パウロは反対しました。それで、マルコを連れて行くことをめぐってパウロとバルナバの間で議論になり、議論が余りに激しくなったので、別々に、パウロはシラスを連れて、バルナバはマルコを連れて行くことになりました。このために、1組ではなく2組の伝道チ−ムとなりました。キリストの体の中では、意見の違いがあります。神は、パウロとバルナバの場合に1組ではなく2組の伝道チ−ムをつくって外国での宣教活動を倍増されましたが、ご自分の働きを拡げるためにこのようなことをよく用いられます。ただ、議論や意見の違いは、決して尾を引くようなものではありませんでした。ですから、パウロがロ−マにいた時、マルコはパウロといっしょにいてパウロに仕えていました。後にテモテへの手紙の中で、パウロは、「マルコは私にとって大きな慰めである(2テモテ4:11参照)」と言って、マルコに来てもらうように要請しました。そこで、この人が、「マルコの福音書」の題になっている、この書物の記者なのです。マルコは、その中に書かれている出来事を全部目撃するには若すぎました。ペテロにとって、マルコは、おそらくパウロにとってのテモテのような存在だったのでしょう。マルコは、ほとんどの時間をペテロと過ごし、ペテロがイエスの話をするのを聞いていました。ですから、実際はマルコを通してペテロの話があるのですが、これはペテロが話をするのを聞いたマルコによって書かれたものです。マルコの福音書が、福音書の中では一番先に書かれたものだと考えられています。しかし、この点は常に議論のあるところで、絶えず些細なことにこだわろうとする人たちがいますが、どれが先に書かれたかで大した違いがあるわけではありません。しかし、学者の大方の見解はそのようです。  マルコの福音書の中で、イエスは神のしもべとして描かれています。ですから、この福音書を見ますと、その他の共観福音書のルカの福音書とマタイの福音書がキリストの誕生で始めているようには、始めていません。しかし、マルコは、バプテスマのヨハネのバプテスマというか、バプテスマのヨハネの宣教の預言から始めています。そこで、こう始めています。「神の子イエス・キリストの福音のはじめ。(1:1) 」福音は、良い知らせという意味です。神の子イエス・キリストの良い知らせのはじめ、ということです。預言者に戻っています。「預言者イザヤの書にこう書いてある。『見よ。わたしは使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を整えさせよう。』(1:2) 」これは、マラキ書3章からのものです。マラキ書3章の預言を見たら面白いかもしれません。というのは、マルコはマラキ書3章1節の預言の一部しか書いていないからです。「『見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前に道を整える。あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。』(マラキ3:1)」ですからここでは、彼らが尋ね求めていたメシヤが突然その神殿に来て、使者のバプテスマのヨハネが道を整えるために来て、あなたがたが尋ね求めている主がその神殿に来る、ということです。「『あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、来ている。』と万軍の主は仰せられる。(マラキ3:1)」そして、バプテスマのヨハネに関するマラキの預言を引用してから、イザヤ書に目を向けています。3節です。「荒野で叫ぶ者の声がする。『主(エホバ)の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。』(1:3) 」つまり、イザヤ書40章に再び戻って、このイザヤの預言を引用しているのです。ここでイザヤは、「主の道を整えよ。」と呼び掛けています。3節です。「荒野に呼ばわる者の声がする。『主(エホバ)の道を整えよ。荒地に、私たちの神の大路をまっすぐにせよ。すべての谷は埋め立てられ、すべての山や丘は低くなる。』(イザヤ40:3-4) 」さて、これに注目して下さい。イザヤの預言は、「主(エホバ)の道を整えよ。」です。では、ヨハネは、誰の道を整えていたのでしょうか。誰のために道を整えに来たのでしょうか。エホバ・シュワ(訳者注:イエスのヘブル語名) であるイエスのためでした。エホバの証人がもう少しきちんと聖書を理解していたなら、ここのところでかなり困難を覚えたはずです。しかし、残念なことに、彼らはそこまできちんと聖書を理解していません。それで、こんなことも見過ごしています。しかし、イザヤ書の預言に戻ると、このギリシャ語のクリオス(kurios)という言葉は、ヘブル語ではエホバです。「主(エホバ)の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。(1:3)」王がある地方を通られる時に、その前に行って王が来られるために大路を整えさせたことがよくあったと言われています。曲がった所をまっすぐにし、暗渠(訳者注: culvert。上部を開放しない水路またはケ−ブル用の溝。) や谷を埋め立て、山を崩し、王のために大路を整えさせるためでした。霊的な意味において、王が来られるために道を整える、というようなことをバプテスマのヨハネはしていたのです。  それで、「バプテスマのヨハネが荒野に現われて、罪が赦されるため悔い改めのバプテスマを説いた。そこでユダヤ全国の人々とエルサレムの全住民が彼のところへ行き、自分の罪を告白して、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた。(1:4,5)」とあります。旧い契約の中で最も偉大な預言者であるバプテスマのヨハネ。これまでに起こされたすべての預言者の中で、ヨハネよりも偉大な預言者はいませんでした。バプテスマのヨハネの宣教のときに、庶民の間でものすごい霊的覚醒が起きていました。どういうわけか、彼らにとってヨハネは魅力的な人物でした。それで、人々は、行ってヨハネからバプテスマを受けていました。ヨハネはどうも一風変わった人だったようです。ヨハネは、らくだの毛で織った物を着ていました。こんなものは着心地が良いはずはありません。腰に皮の帯を締め、いなごと野蜜を食べていました。ですから、苦行者みたいな面白い人で、荒野にいました。エリコからあまり遠くないアイノンの近くのヨルダン川で、バプテスマを授けていました。バプテスマのヨハネの宣教のことを聞いて、たくさんの人がユダヤから出て来ました。庶民の間で、霊的覚醒が起きていました。けれども、宗教的指導者の間では、懐疑主義がはびこっていました。  7節です。「彼は宣べ伝えて言った。『私よりもさらに力のある方が、あとからおいでになります。私には、かがんでその方のくつのひもを解く値打ちもありません。私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。』(1:7-8) 」ですから、イエスについてのヨハネの預言は、「私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。」です。二つのバプテスマです。ヨハネのバプテスマ。罪が赦されるための悔い改めのバプテスマです。バプテスマを授けていたのは、ヨハネでした。人々がバプテスマを受けたのは、水が要素でした。ヨハネは、「私よりもさらに力のある方が、あとからおいでになります。私には、かがんでその方のくつのひもを解く値打ちもありません。・・・その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。(1:7-8)」と言いました。ですから、二つ目のバプテスマは、聖霊によるバプテスマです。これは、力のバプテスマです。イエスは、「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、・・・わたしの証人となります。(使徒1:8) 」と言われました。イエスがバプテスマを授ける方であることに注目して下さい。この方があなたがたにバプテスマをお授けになります。イエスによってバプテスマを受けるときには、聖霊が要素でした。水のバプテスマ、これは水に浸かる考えですが、それと同様に、イエスが私たちに聖霊によってバプテスマを授けて下さるとき、私たちを聖霊に浸からせて下さいます。  「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来られ、ヨルダン川で、ヨハネからバプテスマをお受けになった。(1:9) 」この時、イエスは、およそ30歳ぐらいであったと考えられています。イエスは、ナザレで世に知られず暮らしておられました。ナザレで育ち、ヨセフの職業と同じ職業に就き、大工としての仕事を学び、おそらく、くびきや鋤を製作しておられたと考えられます。今日大工というと、私たちは家を造ることを考えます。それは、家が木の枠組みだからです。しかし、当時実は家は石でできていました。ですから、大工は、家を建てるより、くびきや鋤、おそらくは家具をつくることが多かったのです。イエスは、世に知られず暮らしておられましたが、安息日には会堂へ行き、聖書を読まれたことにちがいありません。さて、ここでガリラヤのナザレから来られたことがわかります。ナタナエルが、「ナザレから何の良いものが出るだろう。(ヨハネ1:46) 」と言ったように、ナザレは評判のよくない町でした。ガリラヤは、エルサレムの宗教指導者たちからはさげすまれていました。軽蔑的な言い方で、「異邦人のガリラヤ」と呼ばれていました。  「イエスは、・・・ヨハネからヨルダン川でバプテスマをお受けになった。そして、水の中から上がられると、すぐそのとき、天が裂けて、御霊が鳩のように自分の上に下られるのを、ご覧になった。そして、天から声がした。『あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。』(1:9-11)」ですから、三位一体を見つけることができます。イエスがヨハネによってバプテスマを受けられ、聖霊がイエスにくだり、父の声が天から、「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」とお語りになりました。ジ−ザス・オンリ−と呼ばれるグル−プがいますが、彼らはイエスしかいないと主張します。イエスが父であり、子であり、聖霊であると。しかし、この人たちも、聖書の箇所で困難をきたしています。多くの人が三位一体についてひっかかると感じるのは、これが奥義だからです。神の奥義は偉大です。神が肉において現れました。これは奥義なのです。私たちは、人間的な次元で三位一体のたとえを用いることも、それに等しいものを持つことも本当には何も持つことはできません。従って、神の三位一体を理解するは困難です。父・子・聖霊が神の人格ですが、ひとつの神であり、三つの人格において現れているのです。人間の頭では神の真理を理解するのが困難なため、これを単純にしようとする人たちがいます。例えば、エホバの証人などは、エホバだけを認めて、イエスが神である事を否定し、聖霊が神である事を否定します。ジーザス・オンリーは、イエスだけに集中して、この方が父であり、子である、と言いますが、ちょっとジーザス・オンリーの言うことを考えてみて下さい。イエスがバプテスマをお受けになった時、ご自分が天に昇られて、天から声をかけて、「あなたは、わたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ。」と告げたのですから、この方は腹話術師だということになります。やはり、これは奥義としておく方がよいのです。それをそのまま信じていますが、理解はできません。やはり理解できません。でも信じてはいるのです。ひとりの神がおられて、父・子・聖霊の三つの人格において現れておられるのです。私には理解できませんが、理解する必要もないのです。私はただ信じればよいのです。  「そしてすぐ、御霊はイエスを荒野に追いやられた。イエスは四十日間荒野にいて、サタンの誘惑を受けられた。野の獣とともにおられたが、御使いたちがイエスに仕えていた。(1:12,13) 」面白いですね。宣教の初めに、イエスがこの宣教のために初めに御霊によって力をお受けになってから聖霊がこの方にくだったときに最初に起きたことは、イエスが御霊によって荒野に追いやられたことで、これは、試みの時、誘惑の時、闇の力との対立の時でした。四十日間荒野において霊の戦いが展開していたこの時に、御使いたちが来て、イエスに仕えていました。  「ヨハネが捕らえられて後、イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べて言われた。(1:14)」マルコは、13節と14節の間に、イエスの生涯に1年間の空白を設けています。ここには時間の空白があります。この期間に起こったことの一部を(使徒)ヨハネが補足しています。しかし、マルコはイエスの生涯の1年間を飛ばしています。それで、「ヨハネが捕らえられて後、イエスはガリラヤに行き、神の福音、あるいはよき知らせを宣べて言われた。『時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて、福音を信じなさい。』(1:14,15)」とあります。悔い改めの招きに注目して下さい。バプテスマのヨハネは悔い改めを招きました。イエスは、悔い改めに招かれました。なぜでしょうか。それは、悔い改めの必要があったからです。ヨハネの黙示録では、紀元一世紀の終りに、イエスが教会に対して悔い改めるように招かれています。繰り返し、繰り返し、変わりなさいと悔い改めに招かれました。もしイエスが今日教会に語られたら、もしイエスがヨハネの黙示録において七つの教会に手紙をお書きになったように、今日の私たちに手紙をお書きになるとすれば、欠点、弱点、私たちの落ち度を指摘なさるにちがいありません。そして、私たちの多くに対するイエスのメッセ−ジは、教会が方向転換して、イエスが望んでおられる教会になるための悔い改めのメッセ−ジにちがいありません。  「ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。イエスは彼らに言われた。『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。』すると、すぐに、彼らは網を捨てて置いて従った。また少し行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネをご覧になった。彼らも舟の中で網を繕っていた。(1:16-19) 」シモンとアンデレは、湖で網を打っていました。ヤコブとその兄弟ヨハネは、網を繕っていました。「すぐに、イエスがお呼びになった。すると彼らは父ゼベダイを雇い人たちといっしょに舟に残して、イエスについて行った。(1:20)」ですから、イエスは、後に使徒と呼ばれるようになり、教会を監督させ、世界中に福音を宣べ伝えることを任せられた人たちをご自分のまわりに集め始められたのです。その人たちは普通の人たちでした。ガリラヤ湖で漁師をしていた人たちでした。イエスがエルサレムの宗教学校に行かれたのではないことは、興味深いですね。ガマリエルの所へ行って、優等生を探すようなことはなさいませんでした。そうではなく、イエスは、世界中に福音を宣べ伝えることをお任せになるために、ガリラヤ湖のほとりに行かれ、ごく普通の人たち、漁師をお集めになりました。  それから、イエスは、ガリラヤ地方のカペナウムに行かれました。そこは、もちろんイエスが宣教の大半の時間を費やされることになったところです。「そしてすぐに、イエスは安息日に会堂にはいって教えられた。人々は、その教えに驚いた。それはイエスが、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからである。(1:21,22) 」これは、山上の説教が終った所にも書かれていますが、人々はイエスの教え方に驚きました。それは、律法学者たちのようにではなく、権威ある者のように教えられたからでした(マタイ7:28-29参照)。律法学者たちが教える時には、権威ある者のようには何も言いませんでした。「えっと、ラビのハレル先生は、このように解釈されます。ラビのエリジア先生は、このように解釈されます。」というような言い方で、いつも誰かラビが言ったことを引用していました。今日もこれにそっくりで、教会に行くと、心理学者の言っていることをいろいろ発見するのです。権威ある者のように神のことばを教えていないのです。さて、山上の説教でイエスは、「・・・と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。(マタイ5:21、22等) 」と言われ、権威ある者のように教えられました。「・・・と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。」と。それで、人々はイエスの教えの方法に驚きました。それは、イエスが権威ある者のように教えられたからでした。それは、人々が以前に聞いたことがないものでした。神のことばが、権威ある者のように教えられる。「神が宣言されているのはこれである。」「神が言われているのはこれである。」と。イエスは、権威ある者のように教えられました。  「すると、すぐにまた、その会堂に汚れた霊につかれた人がいて、叫んで言った(1:23)。『かまわないでくれ(新共同訳1:24)。』」興味深いですね。「かまわないでくれ。」悪者が叫ぶのいつもはこれです。汚れた霊につかれた人が、「かまわないでくれ。」と叫びました。一年ちょっと前、この教会でデモがありました。もう数年前のことになりますか、私たちの教会の男性たちが、同性愛者が大半を占める地域に証しをして、聖書を教えるためにウエスト・ハリウッドに行ったからです。そこへ行って証しをしている男性たちに腹を立てた人たちが、この教会に来てデモをしたのです。残念ながらそのとき私はハワイに行っていました。こんなデモがある中に私をここにおいておくよりもその方がよいことを主はご存知でした。(笑) 私よりも冷静な息子がその日曜の朝は説教壇に立っていました。しかし、そのときのデモのビデオを何巻か見ましたが、その人たちが「かまわないでくれ。」「かまわないでくれ。」と叫んでいたのは、興味深いことでした。悪者は対決されるのが嫌いです。かまわれたくないのです。「私たちが間違っていると言わないでくれ。」「私たちが罪を犯していると言わないでくれ。かまわないでくれ。」この霊につかれた人が叫んだと同じ言葉です。悪霊が、「かまわないでくれ。」と叫んでいるのです。  「ナザレのイエス。いったい私たちに何をしようというのです(1:24)。」この福音書の記録によると、興味深いことに、イエスは、ピリポ・カイザリヤまでは「イエス」と言われているのです。ピリポ・カイザリヤでイエスが弟子たちといっしょにおられる時に、イエスは言われました。「人々はわたしをだれだと言っていますか。」彼らは答えて言いました。「バプテスマのヨハネだと言う人もいます。あなたは死者からよみがえったのだと。エリヤだと言う人もいます。あなたがエレミヤだと信じている人もいます。また預言者のひとりだと言う人もいます。」「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」ペテロは、「あなたは、メシヤ、キリスト、生ける神の子です。」と答えました。(マルコ8:27-29参照)このとき以降になって初めて、イエスは、イエス・キリストと言われるようになられました。しかし、この福音書で、ペテロの告白までは、ただイエスとしか言及されていません。ここでは、「ナザレのイエス」と言及されています。マルコの福音書では、イエスを言及するのに「神の子」という言葉が使われているのは、4回です。2回は、悪霊が使っています。そして、大祭司が、「おまえは神の子(リビング・バイブル マルコ14:61)、メシヤなのか。」と言いました。イエスは、「わたしは、それです。」と肯定してお答えになりました。「ナザレのイエス、かまわないでくれ(新共同訳1:24)。」「いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です(1:24)」悪霊は、「私はあなたがどなたか知っています。」と言いました。質問は、「あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。」でした。ルカの福音書では、ガダラで男の中に悪霊、レギオンが入っていたケ−スがあります。この悪霊もイエスのことを認め、アブソス(訳者注:ギリシャ語abussos。 底知れぬ所 )に行け、とはお命じになりませんようにと言いました。それで、覚えていらっしゃるでしょうが、イエスは、山のそのあたりにいた豚の群れに悪霊が入ることをお許しになり、豚がガリラヤ湖へいきなりかけ下って溺れたのです(ルカ8:27-33参照) 。悪霊はイエスが自分達に対し権威を持っているを認めていました。「わたしには天においても、地においてもいっさいの権威が与えられています(マタイ28:18)。」とイエスは言われました。地におられるときでさえ、イエスは汚れた霊に対して権威をお持ちでした。汚れた霊は、それを認めました。理解していました。ここで尋ねています。「あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」「イエスは、彼を、」つまり汚れた霊を「しかって、『黙れ。この人から出て行け。』と言われた。すると、その汚れた霊はその人をひきつけさせ、大声をあげて、その人から出て行った。人々はみな驚いて、互いに論じ合って言った。『これはどうだ。新しい教えではないか。』(1:25-27参照) 」イエスは、権威ある者のように教えられただけではありません。権威を持って汚れた霊にお命じになると汚れた霊でさえイエスに従ったのです。このため、人々の間で大きな騒ぎになりました。人々は、イエスが権威ある者のように教えられたことに驚き、権威を持って汚れた霊を取り扱われたことに驚きました。いったいこの権威はどうだ、この人は誰だ、汚れた霊に命令し、汚れた霊が従うとは、と。「こうして、イエスの評判は、すぐに、ガリラヤ全地の至る所に広まった。(1:28)」  「それから、会堂を出るとすぐに(1:29)」、その日は安息日でしたが、「ヤコブとヨハネを連れて、シモンとアンデレの家にはいられた。(1:29)」すぐにというのは、会堂のすぐそばという意味です。ですから、シモン・ペテロの家は、カペナウムの会堂のすぐ近くにあったと考えられていました。このため、今日カペナウムにある会堂に行くと、 − その会堂はイエスの時代の会堂の廃墟の上に紀元2世紀に建てられた会堂ですが、 − その会堂から出てすぐの所に空飛ぶ円盤のように見えるものが、いわゆるペテロの家と呼ばれているところの上に建てられています。ここに建てられている教会はかなり新しいもので、ここ数年のうちに建てられたのです。かつては、ここに行っても、この現代風のスタイルの教会はありませんでした。ある家に「シモン・ペテロの家」の標識がかかっていましたが、今はこの教会がその上に建てられました。これが本物かどうか、かなりあやしげですが、シモン・ペテロの家が会堂の近くにあったというのは明らかなようです。ですから、イスラエルの人たちは、「私たちは、その場所の近くにいます。この辺りのどこかで起こったはずです。けれども、建っている教会が『パンと魚の教会(churches of the loaves and fishes)』と呼ばれているのに、あまり振り回されてはいけません。」とよく言います。というのは、面白いことに、「パンと魚の教会」は、マグダラに建てられていますし、パンと魚の奇跡は、湖の向こう側のベツサイダで起こったのです。ヨルダン川に橋がかけられるまでは向こう側に行くのは大変でしたので、そこのマグダラに教会を建てて、「パンと魚の教会」だとする方が簡単です。本当にわかっている人はあまりいないでしょう。  彼らは会堂を出て、その近くのシモン・ペテロの家にはいりました。ところが、シモンのしゅうとめ・・・、ということはシモンは結婚していたのです。シモン・ペテロが結婚していて、アンデレ、ヤコブ、ヨハネもみな結婚していたことは疑いの余地はないのですが、私がおもしろいと思うのは、福音書の記録にも、新約聖書にも使徒の家族、妻子などについて何の言及もされていないことです。使徒たちが所帯持ちであったことを教えてくれるのは、これだけです。「ところが、シモンのしゅうとめが熱病で床に着いていたので、人々はさっそく彼女のことをイエスに知らせた。イエスは、彼女に近寄り、その手を取って起こされた。すると熱がひき、彼女は彼らをもてなした。(1:30-31) 」おそらく彼女は人々に昼食を用意したのでしょう。  「夕方になった。日が沈むと(1:32)・・・」午後には人々はあまり何もしません。暑すぎるのです。夕方になって日が沈んだ後に涼しくなってくるので、そのときに人々が外出を始めます。「人々は病人や悪霊につかれた者をみな、イエスのもとに連れて来た。こうして町中の者が戸口に集まってきた。(1:32-33) 」おそらく、ペテロの家の戸口だったのでしょう。「イエスは、さまざまの病気にかかっている多くの人をお直しになり、また多くの悪霊を追い出された。そして悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスをよく知っていたからである。(1:34)」イエスはまだ、ご自分がメシヤであることを、公に知らされて認められることを望まれませんでした。イエスは、神の定めた時を強く意識しておられました。イエスは、ご自身がメシヤとして示される時があることをご存知でした。ですから、その時の前には、できる限りそのことを現さないようにされていました。ですから、ここで悪霊、悪魔がものを言うのをお許しにならなかったのです。彼らがイエスをよく知っていたからです。それは、会堂の中で悪霊が、「私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。(1:24)」と言った場面でよく示されています。  「朝早く(1:35)」・・・いろいろあった日でした。会堂にも行き、権威ある者のように教え、汚れた霊につかれた人が救われ、ペテロの家に行き彼のしゅうとめを癒し、夕方には群衆、大勢の群衆、たぶん町中からの者がペテロの家の戸口に集まりました。人々は、病人、悪霊につかれた者を連れて来ていました。そしておそらくイエスは、夜遅くまでこれらの人々に仕えておられたのでしょう。私たちの時間の割り振りですと、「じゃあ、明日は遅くまで寝よう。今日は、いろいろあったから。」と言うことになるのですが、このように書かれています。「さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。(1:35)」いろいろな事が動き、起こり始めていました。人々がイエスの御力を認め始めていました。イエスの宣教が発進しはじめていたのです。イエスは、父と時間を過ごす必要があることがわかっておられました。それで、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈られました。「シモンとその仲間は、イエスを追って来て、彼を見つけ、『みんながあなたを捜しております。』と言った。(1:36-37) 」「群衆が来ています。人々は、あなたのことを捜しています。」と。「イエスは、彼らに言われた。『さあ、近くの別の村里へ行こう。そこにも福音を知らせよう。わたしは、そのために出て来たのだから。(1:38)」カペナウムに戻って教会を建てることは、いつでもできたのです。しかし、イエスは、未知の地域に前進しようと言われました。そこの人にも福音を知らせる必要がある、と。「こうしてイエスは、ガリラヤ全地にわたり、その会堂に行って、悪霊を追い出された(訳者注:1:39には「福音を告げ知らせ」の箇所は英語にはない)。 」ここでも、悪霊の世界に対して力を持っておられることを現し、示されました。  「さて、ひとりのらい病人が、イエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。『お心一つで、私はきよくしていただけます。』(1:40)」これは、信仰を表明したものです。「私はきよくしていただけます。(1:40)」は、イエスの持っておられた力と権威を認めているのです。「あなたは私をきよくすることがおできになるのです。」この人は、主のお心だけが関心事でした。「お心一つで」、もしあなたの御心ならば、「私はきよくしていただけます。」私たちも、多くの場合、主のお心が関心事になります。この場合、主が何かを行なわれる力について、私たちの信仰が欠けているというのではありません。主がおできになることは分かっています。私たちの質問は、それが主のお心であるかどうかです。これは、いつも私たちにわかることではありません。このため、私たちが祈る時、私たちの願うようにではなく、あなたのみこころのようになさってください、と言うのです。主よ、お心一つで、私はきよくしていただけます、と。らい病人がイエスのところに来たことに注目して下さい。イエスの前にひざまずきました。律法によると、この人はイエスに近づくべきではありませんでした。律法によると、もしイエスが近づいて来たのであれば、「汚れている。」と叫ばなければならなかったのです。しかし、この男は必死でした。今朝のメッセ−ジで、らい病、特に聖書の言うらい病について話しました。モ−セの律法の中のらい病のことです。もし、今朝いなかった人は、今朝のメッセ−ジ・テ−プを入手してください。らい病の詳細の一部は繰り返さないからです。ただ、当時らい病は完治不可能だと言うにとどめておきます。今日も依然としてらい病は完治不可能ですが、抑えることはできます。体の中での進行を停止させることはできます。ですから、今日らい病の人は、ほぼ通常の生活をすることができます。しかし、当時はそうではありませんでした。硫黄剤も何もありませんでした。ですから、らい病は進行する病気なので、神経を殺し、感覚を破壊しました。らい病の人は、らい病が神経を攻撃してその細胞が破壊されたところは、痛みの感覚や意識がありませんでした。それは、らい病が非常に危険な点ですが、例えば、らい病の人が手を熱いコンロの上に置いても、熱を感じないので、ひどい火傷になることがあります。らい病の人の主な問題は痛みの感覚がないことで、怪我をしても気が付かないことです。切り傷があるのに気がつかず、出血多量で死んでしまいます。また、手がひどく焼けて、火傷を負ってしまって、敗血症になってしまうのです。ですから、通常らい病で死ぬのではなく、らい病に関連して他の要因によって死んでしまいました。らい病の人には、希望がありませんでした。従って、必死でした。「イエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。『お心一つで、私はきよくしていただけます。』(1:40)」そして、こう書かれています。「イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって・・・(1:41)。 」今日指摘したように、らい病の病気は、その性質から、罪の型として用いられます。人間の基準では完治不可能で、腐敗により破壊し、進行性の性質を持つので、罪の型なのです。罪は破壊する効果があります。罪には進行性の側面があります。イエスは、深くあわれみました。らい病の人を見て、腐敗した肉からの悪臭を嗅ぐのは、普通ひどく気持ち悪くなります。ダミアン神父がモロカイにあるらい病者の居留地に行ったときの一番の問題は、ひどい悪臭でした。家の中に入ると、彼は、本当に、肉体的に気分が悪くなって、悪臭のために吐きました。家に入ることは、本当に大変でした。あまりに気持ち悪くさせるような臭いなので、吐きそうになります。私たちが、らい病者を見て、らい病の進行しているのを見て、例えば手あるいは腕の一部がなくなっているのを見れば、気持ち悪くなると思いますが、イエスは御覧になると、深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわったのです。らい病者に触れることは、律法に反することでした。儀式的には、さわった本人も汚れてしまいます。「イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。『わたしの心だ。きよくなれ。』」というところを読むと、イエスが渡されて十字架につけられる前の日の夜に、ピリポに言われたみことばのことを考えてしまいます。ピリポがイエスに、「主よ。私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」と言ったとき、イエスは、『ピリポ。こんなに長い間あなたがたといっしょにいるのに、あなたはわたしを知らなかったのですか。わたしを見た者は、父を見たのです。」とお答えになりました(ヨハネ14:8-9参照) 。気持ち悪くなるような状況にいてこの男を取り扱われたイエスを見ましょう。イエスは、深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって、「わたしの心だ。きよくなれ。」と告げられました。ここに父を見るのです。私たちの状況を深くあわれんでくださり、手を伸ばして、さわって下さり、そう、お心によって癒されるのです。「主よ、お心一つで、私はきよくしていただけます。」イエスは、「わたしの心だ。」とおっしゃいました。「きよくしよう。」と。イエスが、今日私たちを助けて下さることがおできになるだけでなく、「わたしの心だ」と思っておられるのを知っておくとよいでしょう。  さて、霊的な観点から見て、らい病を罪の型と見るとき、神は、どんな罪を犯したのであっても、すべての人を赦すお心があることがわかります。神は、「ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。(2ペテロ3:9) 」ですから、決して疑わなくてもよいことが一つあるのです。それは、神があなたを救い、罪を赦すお心があるということです。これは、決して問題になることではなく、疑うことではありません。神がそのようなお心であることを確信できるのです。手を伸ばしてさわって下さり、あなたを破壊しているもの、基本的にはあなたの罪ですが、これを打ち壊して下さるお心をお持ちです。罪はらい病のように破壊的です。罪の犠牲者を破壊します。罪はあなたを破壊しています。しかし、イエスのお心は、手を伸ばして、さわって下さることです。それは、あなたの状況を深くあわれんで下さっているからです。私はこの話が大好きです。新約聖書のなかのどの箇所でも、イエスが深くあわれんで下さるところが大好きです。イエスは、人間の必要を見ると、いつも深くあわれんで下さいました。私の自分の必要をよく認識していますので、イエスが私の必要を御覧になるとあわれんで下さるのを知ることは、私にとって慰めです。私が深くあわれむことがありますが、残念なことに私にはそれについて何もする力がないのです。子供病院に行き、小さい子供たちがベッドにいるのを見て、(体が)変形している子供たちを見て、この体の状態を見ますと、私は子供たちのことを深くあわれみます。私の心は子供たちを深くあわれみます。しかし、残念なことに私にはそれについて何もする力がないのです。「ああ、主よ。この小さい子のところに行って、手を取り、イエスの御名によっていやされよ、と言う力があればどんなにうれしいことでしょう。」とよく思いました。しかし、そのような力は私にはありません。そのような力がないことを神のせいだと言っているのではありません。おそらく、私の中の何かのせいでしょう。しかし、すばらしいのは、神が深くあわれんで下さると、それについて何かする力があるということです。それについて何かする能力をお持ちです。ですから、「きよくなれ。」とおっしゃると、「すると、すぐに、そのらい病が消えて、その人はきよくなった。(1:42)」その人が、だんだんよくなったのではないのです。医者が、「どうやら、誤診だったようだ。」と言ったのではないのです。「私はらい病だと思っていたのだが、診断が間違っていたようだ。私はだいじょうぶだ。」と言ったのではないのです。「すぐに」だったのです。白く腐った肉が元どおりになって(訳者注:英語ではピンク色になったと言われていますが、この色は白人の場合なので、「元どおり」としています。)健やかで強くなったのです。すぐに、そのらい病が消えたのです。そして、その人はきよくなったのです。  イエスは、彼をきびしく戒め、「気をつけて、だれにも何も言わないようにしなさい。ただ行って、自分を祭司に見せなさい。そして、人々へのあかしのために、モ−セが命じた物をもって、あなたのきよめの供え物をしなさい。(1:44)」と言われました。レビ記14章を開いて下さい。そこに、らい病人がきよめられるときのおしえについての興味深い聖書の箇所があります。レビ記14章1節です。「ついで主はモ−セに告げて仰せられた。『らい病人がきよめられるときのおしえは次のとおりでなければならない。その者を祭司のところに連れて来る。祭司は宿営の外に出て行き、調べて、もしらい病人のらい病の患部がいやされているなら、祭司はそのきよめられる者のために、二羽の生きているきよい小鳥と、杉の木と緋色の撚り糸とヒソプといっしょに取り、湧き水の上でほふった小鳥の血の中に、その生きている小鳥といっしょにそれらを浸す。それを、らい病からきよめられる者の上に七たび振りかけて、その者をきよいと宣言し、さらにその生きている小鳥を野に放す。きよめられる者は、自分の衣服を洗い、その毛をみなそり落とし、水を浴びる。その者はきよい。そうして後、彼は宿営にはいることができる。しかし七日間は、自分の天幕の外にとどまる。七日目になって、彼はすべての毛、その髪の毛と口ひげとまゆ毛をそり落とす。そのすべての毛をそり落とし、自分の衣服を洗い、水をそのからだに浴びる。その者はきよい。八日目に彼は、傷のない雄の子羊二頭と傷のない一歳の雌の子羊一頭を取り・・・(レビ14:1-10) 」と、らい病人がきよめられるときのおしえが続きます。しかし、それでもらい病は完治不可能だったのです。今日でも完治方法がないのと同じで、らい病の完治方法はありませんでした。ただ進行を抑えるだけです。しかし、その当時進行を抑えることさえできませんでした。では、神は、らい病の完治方法がないのに、なぜらい病人を共同体に受け入れる律法をつくられたのでしょうか。らい病人が癒されることができたのは、ただ神の癒し、お働きしかありませんでした。ですから、神は、みこころよって神の恵みの働きが行なわれることを、律法の中に設けられました。神の恵みの働きがもたらされた人は、社会に、人間の共同体に戻ることができました。私にとっては、これは幸いなことです。神は、律法の中にも、恵みが、神の恵みがらい病人に働くように備えをされました。ですから、イエスは、この人に、「行って、モ−セの律法に従い、自分を祭司に見せ、モ−セが命じた物をきよめの供え物としなさい。」と命じられたのです。「そして、だれにも言わないように。これは、わたしとあなたの間だけのことだから。」と言われました。  「ところが、彼は出て行って、この出来事をふれ回り、言い広め始めた。(1:45)」この男のことは非難できませんよね。自分の人生がむちゃくちゃななって、自分の人生はもうおしまいになって、自分の人生は破壊されて、ひどいらい病によって、村八分となり、希望がなかったのが、突如、元気になったのです!人々は、「どうなったんだ。」と言うでしょう。そうしたら、言わざるを得ません。言いたいですよね。「すごいだろ。イエスがきよくしてくれたんだ。」と。「イエスは、おことばを下さっただけなんだ。そしたら、すぐに白い腐った肉が変わって、僕はイエスのおことばで良くなったんだ。」とみんなに言いたいでしょう。自分の人生で主の働きを経験した結果がそれです。それで、キリストのあかしをするのです。同じことです。それは、主があなたにしてくださったからです。ダビデが言ったように、「私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。(詩篇40:2)」のです。沈みそうになっているときに、下に行きそうになっているときに、泥沼に沈みそうになっているときに、突然イエスが引き上げて下さるのです。突然新しいいのちが与えられるのです。あなたを引きずり下ろし、破壊していたものがなくなりました。主と交わることができ、主との交わりの喜びを持つことができれば、それを他の人みんなに伝えたくなるのです。別に講座を受講してどうあかしすればいいか学ぶ必要はありませんね。イエス・キリストの力によって解放された人の心にある当然の願いです。主が私にして下さったことを伝えたいという願いです。基本的に、証とはこのことです。主があなたにして下さったことを伝えることです。この人は、出て行って、この出来事をふれ回り、言い広め始めました。会う人みんなに話したのです。  そのためイエスは表立って村にはいることができず、町外れの寂しい所に行かれましたが、そこに人々はあらゆる所から、あらゆる村からイエスの所にやってきました。ですからイエスは、町外れの寂しい所でお過ごしになり、ご自分から村にはいるのではなく、人々がご自分のところに来ることができるようになさいました。それは、奇跡、癒し、悪霊に対する、らい病に対する、様々な病気に対する力によって広められた評判のためでした。父を、父のお心を、父の願いを人々に現されたからです。「わたしを見た者は、父を見たのです。(ヨハネ14:9) 」ですから、今晩私たちはどのような興味深い父の側面を垣間見ることができるのでしょうか。父は私たちを深いあわれみをもって見て下さる方です。手を伸ばし私たちに触れて下さる方です。そして、私たちを破壊するものから救って下さる方です。私たちが仕えている神は何とすばらしい方でしょう。