マルコの福音書14章(Mark14)(#8042)  マルコの福音書14章です。さてマルコは、イエスの生涯の最後の一週間に起きた出来事について、日を追ってスケジュ−ルを伝えようとしています。それで、イエスの勝利のエルサレム入城を伝えています。それは日曜日だったことが分かっています。その日は通常、棕櫚の聖日と呼ばれています。ですから11章で、マルコは、勝利のエルサレム入城を語っています。そして、11章12節で、「翌日」あるいは、次の日と言っています。つまり、それは月曜日だったはずです。彼らがベタニヤからエルサレムに戻って来た時、イエスは、実がなっていないいちじくをご覧になり、これをのろわれました。イエスは宮に来られ、両替人や鳩を売っている商人などを追い出して、宮きよめをされました。そして11章20節で、朝(訳者注:英語では「翌日」となっています。)、つまり火曜日だったはずです。「通りがかりに見ると、いちじくの木が根まで枯れていた。」そしてイエスは、弟子たちに信仰について話され、宗教指導者と対決されました。対決の後、宮の地区を一行が離れようとしていたとき、弟子たちはイエスに対して、みごとな石と建物を指摘しました。そして、イエスが宮の破壊について予言されたのは、一行がオリ−ブ山に到着したときでした。  さて14章で、マルコは、「さて、過越の祭りと種なしパンの祝いが二日後に迫っていたので、祭司長、律法学者たちは、どうしたらイエスをだまして捕らえ、殺すことができるであろうか、とけんめいであった。彼らは、『祭りの間はいけない。民衆の騒ぎが起こるといけないから。』と話していた。(14:1-2)」と語っています。二日後は、過越の祭りと種なしパンの祝いでした。民衆の騒ぎが起こらないように、群衆から離れたところで何とかひそかにイエスを捕らえようと、ユダヤ人の指導者が陰謀を企てました。特に、安息日や祭りの日には実行したくなかったのです。彼らが分かっていなかったのは、出来事を掌握しているのは自分たちではないということでした。イエスご自身が掌握されていたのです。旧約聖書で、イスラエルの子らがエジプトで奴隷状態であったときに、神はモ−セをパロのところに遣わし、彼らを解放するように要求させました。続けて起きた災いの後、神は、パロの息子を含むエジプト全土の初子が死ぬという、究極の災いをもたらそうとされていました。エジプト人が起きてみると、人が死んでいるのを発見しました。モ−セは、イスラエルの子らに、群れの中から子羊を取り、それをほふり、その血をを鉢の中に入れ、ヒソプの束で、家のかもいと門柱につけなさいと命じました。「わたしが夜にエジプト全土を行き巡るとき、門に血があるのを見れば、その戸口を過ぎ越す。」と主は言われました。それで、過越という言葉ができました。門に血があれば、その家は初子が死ぬのを免れました。なぜなら、子羊が身代わりだったからです。門の血は、その家の初子の身代わりの死でした。面白いのは、家のかもいと門柱には、血が十字架を描いてつけられたことです。その後、過越のときに神がイスラエルの民をエジプトから連れ出されたことを思い起こさせるために、過越の祭りが定められました(出エジプト11章と12章参照)。さて、パウロは、これらの旧約聖書の祭りの日や安息日は、次に来るものの影であって、本体はキリストにあるのですと述べています(コロサイ2:16-17参照) 。ですから、過越は記念の祭りでしたが、イエスによって成就されるものの型でもあったのです。したがって、イエスが過越の祭りの日に十字架につけられることがどうしても必要でした。ユダヤ人の1日は、日没から始まることを覚えておくことが重要です。ですから、イスラエルにいて、ユダヤ人のしきたりを守っているのであれば、もうすでに月曜日になっています(訳者注:この説教は、日曜の夕方のバイブル・スタディでのもの) 。今日の夕方の6時以降は月曜日です。日没の時に月曜日が始まり、月曜日は明日の日没の時に終わります。ですから、ユダヤ人は、日没から日没までで一日を測ります。私たちは、真夜中から真夜中までで測りますが、ユダヤ人は、日没から日没までで一日を測ります。したがって、イエスが過越の祭りをなさったのは夕刻でしたが、次の日が、実際の過越の祭りの日でした。祭りの日の前日の晩に過越の子羊がほふられました。それは、過越の食事のときに子羊を食べたからです。ですからマルコは、過越の祭りと種なしパンの祝いが二日後に迫っていたときに、イエスを捕らえる陰謀があったと伝えています。しかし、騒ぎを起こしたくないので、祭りの間はいけないとされていたとしています。  「イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家におられたとき(14:3)、」さて、ここでちょっと問題が出てきます。ヨハネがベタニヤでのこの祭りについて記したときに、過越の6日前であったとしています。あるいは、土曜日、イエスの勝利のエルサレム入城の一日前であったとしています。あるいは、過越の6日前であったとヨハネの福音書13章に、失礼、12章1節で述べています。「イエスは過越の祭りの6日前にベタニヤに来られた。そこには、イエスが死人の中からよみがえらせたラザロがいた。人々はイエスのために、そこに晩餐を用意した。そしてマリアとマルタは給仕していた。そして、このマリアが非常に高価な香油を取って、イエスの足に塗り、彼女の髪の毛でイエスの足をぬぐった。家は香油のかおりでいっぱいになった。(ヨハネ12:1-3参照) 」ですから、ひょっとすると、マルコは時間を追って書いていないのかもしれません。ただ、その出来事を思い出して、ここの時点で書き入れたのかもしれません。それはマルコは、イエスの死とイエスを殺す陰謀について語り始めているからです。ともかく、「イエスがベタニヤで、らい病人シモンの家におられたとき、食卓に着いておられると、ひとりの女が、純粋で、非常に高価なあるいは値段が高いナルドの油のはいった石膏のつぼをもって来て、そのつぼを割り、イエスの頭に注いだ。すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。『何のために、香油をこんなにむだにしたのか。』(マルコ14:3-4参照) 」さて、ヨハネは、異議を唱えたのはイスカリオテ・ユダだったと述べています。「この香油なら、300ペンス以上に売れて、(訳者注:欽定訳を訳者が日本語にした。)」ペンスとはデナリのことでした。1デナリは、労働者の一日の労働賃金に相当するものでした。ですから、この金額は、ほぼ一年間の労働者の給料に相当するもので、非常に高価な香油でした。「この香油なら、300デナリ以上に売れて、貧乏な人たちに施しができたのに。」とユダが言い、ユダにつられて弟子たちが女の行為を責め始めました。さて、ヨハネによると、ユダがこう言ったのは、彼が貧しい人々のことを心にかけていたからではなく、ユダは一行の会計係のような人で、金を預かっており、ユダが金を盗んでいたと述べています(ヨハネ12:6参照) 。ですから、ユダがこの高価な香油を見て、「わあ、それがこの金入れの中にあったら、もっと盗めるのになあ。」というわけです。ユダは、貧乏な人たちに配慮をするような英雄ではありませんでした。ユダは、とても強欲だったのです。「すると、イエスは言われた。『そのままにしておきなさい。なぜこの人を困らせるのですか。わたしのために、りっぱなことをしてくれたのです。貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。それで、あなたがたがしたいときは、いつでも彼らに良いことをしてやれます。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。(14:6-7)」ですから、イエスは、こうおっしゃっているのです。「彼女のするままにしておきなさい。つらくあたってはいけません。貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。それで、あなたがたがしたいときは、いつでも彼らを助けてやればいいではないか。それでいいではないか。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。」と。「この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。(14:8-9)」ですから、ここで私たちは、彼女がしたことについて語っています。世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事、つまり、高価な香油を捧げ、埋葬の用意にイエスに油を塗ったことが語られるのです。どのようなものでも、イエスにささげげられたものに対して、「何のために、こんなにむだにしたのか。」とはひどい言い方です。イエスにささげられたもので、むだになるものは何もありません。そのことを知っておいて下さい。  12弟子のひとりであるイスカリオテ・ユダは、このことで気分を害したようです。ユダは、イエスにしかられた形となりました。「そのままにしておきなさい。なぜこの人を困らせるのですか。貧しい人に施したいなら、貧しい人に施せばよいではないか。貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。彼女がそうしたのは、私の埋葬のためです。」とイエスは言われました。それで、ユダは気分を害し、「イエスを売ろうとして祭司長たちのところへ出向いて行った。(14:10)」「彼らは」これは祭司長たちのことですが、「これを聞いて喜んで、金をやろうと約束した。そこでユダは、どうしたら、うまいぐあいにイエスを引き渡せるかとねらっていた。(14:11)」祭司長たちは、群衆の面前ではなく、ひそかにイエスのことを捕らえたいと願っていたことを覚えていますか。ですから、群衆がいないときに、イエスのことを捕らえる必要がありました。ユダは、イエスの所まで手引きをすると、言っているのです。それで、彼らは金をやろうと約束したのです。  「『種なしパンの祝いの第一日、すなわち、過越の食事をなさるのに、私たちは、どこへ行って用意をしましょうか。』そこで、イエスは、弟子のうちふたりを送って、こう言われた。『都にはいりなさい。そうすれば、水がめを運んでいる男に会うから、その人について行きなさい。そして、その人がはいって行く家の主人に、「弟子たちといっしょに過越の食事をする、わたしの客間はどこか、と先生が言っておられる。」と言いなさい。するとその主人が自分で、席が整っている用意のできた二階の広間を見せてくれます。そこでわたしたちのために用意をしなさい。』(14:12-15)」ですから、弟子のふたりを送り、イエスとその弟子たちのために食事の用意をされました。「夕方になって、」つまり、日没に過越が始まったときに、「イエスは12弟子といっしょにそこに来られた。そして、みなが席に着いて、食事をしているとき、イエスは言われた。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりで、わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります。弟子たちは悲しくなって、『まさか私ではないでしょう。』とかわるがわるイエスに言いだした。イエスは言われた。『この12人の中のひとりで、わたしといっしょに、同じ鉢にパンを浸している者です。』(14:17-20)」  さて、弟子たちは過越の準備をしました。過越の時には、過越の祭りを守るのに必要なものがいくつかあります。まず、カーデシュ(Kah-Desh)の杯がありました。これは、聖別や分離を意味します。家長が杯を取り、祈って飲みました。そして、杯を仲間の間で分かち合いました。過越の食事そのものですが、過越に関する絵画がありますが、たいていテ−ブルに着いていて、美しい食器やらナイフやフォ−クやらがのっているのですが、実際は全くそのようなものではありませんでした。食べる時は床に寄り掛かっていました。左の肘で寄り掛かって、右手で食べました。そのように食べるのが当時の習慣でした。食器やらナイフやフォ−クやらはありません。ふつうは手で食べていました。このため頻繁に手を洗いました。過越の祭りの間に3度も手を洗いました。そして、それは祭りを祝う人だけが行ないました。その人は、規定どおりに手を洗わねばなりませんでした。それから、パセリすなわちレタス、エンダイブを食べます。それは、食塩水が入った鉢に浸されたものです。これは食事の前菜のようなものですが、重要なものでした。パセリすなわちエンダイブの苦みは、血を門柱にぬるのに使ったヒソプを思い起こさせるためのもので、塩からい水は、エジプトで奴隷状態であった時に先祖が流した涙と人々を連れ出すために神が分けてくださった紅海の塩水を思い起こさせるためのものでした。そしてパンが裂かれました。パンは3つあり、真ん中のパンが裂かれました。パンが裂かれ、いくつか祈りささげられました。そして一番年下の子供が、「今晩が他のすべての晩と違うのは、どうしてですか。」と質問をすることになっていました。すると、家族の中の最年長者が、男の最年長者が、神がエジプトから先祖を救い出して下さったことと、死をもたらす御使いが過ぎ越したことを話しました。儀式の中で、この時点で、詩篇113篇と114篇を歌います。詩篇113篇から118篇までは、ハレル詩篇です。賛美の詩篇です。これらが過越の食事の間に歌われました。けれどもこの時点では、113篇と114篇を歌いました。それから、2番目の杯を取りました。食事はぶどう酒の杯で始まりますが、これは2番目の杯です。ハッガダー(Haggadah)の杯と呼ばれました。ハッガダーは説明とか宣言という意味で、ただ物語を話しました。出席している人は全員、実際の食事に備えて手を洗いました。それで食前感謝の祈りをこう言いました。「地に実をみのらせる私たちの神、主が、ほめたたえられますように。戒めによって私たちを聖別された神が、ほめたたえられますように。(Blessed art thou oh Lord our God who bringeth forth fruit of the earth.Blessed art thou oh God who sanctified us with thy commandment.)」そして、種なしパンのパン切れを食べるように命じられました。それで、小さいパン切れを分け与えました。それから苦菜を食べました。これを二切れの種を入れないパンの間に入れ、カロセトの中に(karoset)に浸しました。カロセトは、ナツメヤシの実やナッツなど、彼らが奴隷であった時にれんがに用いられたモルタルを思い起こさせるもので出来ています。これは、「浸したパン切れ(sop)」と呼ばれました。イエスは、「わたしといっしょに、カロセトの中にパンを浸している者(マルコ14:20参照)」と言われたときに、このことを話されていたのです。その時は、苦菜が挟まっている二切れのパンをカロセトの中に浸しましたが、「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。(マタイ21:23)」そこで弟子たちは、「主よ。まさか私のことではないでしょうか。」とかわるがわるに尋ねました。ヨハネによると、最後にユダが、「先生。まさか私のことではないでしょう。」と言ったときに、イエスは、「いや、そうだ。今しようとしていることを、今すぐしなさい。」と言われました(訳者注:マタイ26:25とヨハネ13:27参照) 。そしてユダはそこを去り、出て行って、大祭司との取り引きを完了させました。ユダが出て行ったとき、イエスは言われました。「確かに、人の子は自分について書いてあるとおりに、去って行きます。(14:21)」つまり、私は死ぬのだとおっしゃっているのです。これは、すでに過去に決定されていたものとなっていました。「しかし、人の子を裏切るような人間はのろわれます。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。(14:21)」イスカリオテ・ユダは、主を裏切ったことで、歴史上悪名高き人となってきました。  食事が食べ終わったとき、むろん子羊はすべて残らず食べなければならず、食べ残しがあってはいけなくて、もしあれば焼かなければならなかったのです。そして、残りの種なしパンを食べ、感謝の祈りをささげ、その後ハレル詩篇の第二部、詩篇115篇から118篇をいっしょに歌い、それから4杯目の杯を飲み、この4杯目の杯が、イエスがお取りになり、「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい。(1コリント11:25)」とおっしゃった杯であると考えられています。「ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。(1コリント11:26)」つまり、イエスは、過越に全く新しい意味をお与えになったのです。もはや、エジプトでの犠牲の子羊を思い出すためのものではなく、今は、世の罪のために血を流された神の犠牲の小羊を思い出すためのものとなり、イエス・キリストの血により、もうあなたは自分の罪のために死ぬ必要はなくなったのです。それは、イエスがあなたの身代わりとなって死んで下さり、生きていてイエスを信じる人は、決して死ぬことがないのです。そして、ふたつ短い祈りが捧げられ、詩篇136篇を歌って食事を終えます。ですから、もう少しで、彼らが賛美の歌を歌ったところを読みますが、彼らが歌った詩篇は136篇でした。しかし、「それから、みなが食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福して後、これを裂き、彼らに与えて言われた。『取りなさい。これはわたしのからだです。』また、杯を取り、感謝をささげて後、彼らに与えられた。彼らはみなその杯から飲んだ。イエスは彼らに言われた。『これはわたしの新しい契約の血です(訳者注:新改訳は「新しい」が入っていないが、欽定訳には入っている)。多くの人のために流されるものです。まことに、あなたがたに告げます。神の国で新しく飲むその日までは、わたしはもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。』そして、賛美の歌を歌ってから、みなでオリ−ブ山へ出かけて行った。(14:22-26)」その当時、録音機器があったらなあと思いませんか。イエスと弟子たちの賛美歌の歌声の録音があればと思いませんか。私は、聞けたら嬉しいのになあと思います。ああ、聞けたら嬉しいのになあ。手短に、詩篇136篇をご覧いただけば、少なくとも過越の祭りの食事の後で歌った歌の歌詞だけでも見ることができます。これは何についての詩篇ですか。神の恵みについてです。頻繁に繰り返して歌われたのは、「その恵みはとこしえまで。」です。この詩篇はよく交替で歌われます。会衆を半分に分け、こちら側が最初の部分の「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。」と歌い、あちら側が、「その恵みはとこしえまで。」と歌うのです。じゃあ5節くらいやってみましょう。あなたが、初めて下さい。ここの5つです。あなたの方は簡単なほうです。「その恵みはとこしえまで。」ですから、見なくてもできます。ちょっと、やってみましょう。この詩篇はよく交替で歌われましたが、その感じを出してみましょう。じゃあ、始めましょう。(訳者注:チャックのリ−ドで、詩篇136篇の交読が始まる。)「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。」「その恵みはとこしえまで。」「神の神であられる方に感謝せよ。」「その恵みはとこしえまで。」「主の主であられる方に感謝せよ。」「その恵みはとこしえまで。」「ただひとり、大いなる不思議を行なわれる方に。」「その恵みはとこしえまで。」「英知をもって天を造られた方に。」「その恵みはとこしえまで。」できましたね。じょうずでした。こういうふうに行なわれたのです。ここでイエスは弟子たちといっしょに神の恵みについて歌われたのです。考えてみて下さい。彼らは詩篇118篇を歌ったところでした。それは、「祭壇の角のところまで祭りのいけにえを綱でひいて行け(新共同訳詩篇118:27)」でした。あと何時間かでイエスは、十字架にかかるのでした。ここで、彼らは、「祭壇の角のところまで祭りのいけにえを綱でひいて行け」という預言を歌っていたのでした。そして、今や神の恵みについて歌っていたのでした。ここに、神の最も偉大な恵みの現れが、私たちの罪のためのイエス・キリストの死によってまさに示されようとしていたのです。「その恵みはとこしえまで。」ですから、あの夜、どれほどこれが意味のあるだったことでしょう。弟子たちはその意味を把握していませんでしたが、イエスが、「その恵みはとこしえまで」の賛美リ−ドをされたとき、その意味を知っておられたに違いありません。神の恵みが、すばらしい形でまさに今これから現わされようとしていたのでした。つまり、イエスが私たちの罪を負って下さり、私たちの身代わりに死んで下さろうとしておられたのでした。「そして、賛美の歌を歌ってから、みなでオリ−ブ山へ出かけて行った。(14:26)」  「イエスは、弟子たちに言われた。『あなたがたはみな、つまずきます。「わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる。」と書いてありますから。しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます。』(14:27-28)」主は、「あなたがたはみな、今晩つまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる。』と書いてありますから。しかし、わたしがよみがえったら、あなたがたとガリラヤで会います。」と言われました。「すると、ペテロがイエスに言った。『たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません。』(14:29)」ペテロは、自分を他の弟子よりも高く持ち上げています。弟子たちの中で、神の御国での偉大さについて、誰が一番偉くなるかについて議論がありました。このことについて、弟子たちは数日間議論をしてきました。この議論が何度も出てきました。ヤコブとヨハネがイエスの所に来て、「私たちの頼み事をかなえていただきたいと思います。」と言いました。イエスは、「何をしてほしいのですか。」と言われました。「あなたが御国に入られたら私をあなたの片側に、ヨハネをあなたのもう片側に座らせてもらえますか。」と言いました。すると他の弟子たちはヤコブとヨハネとても腹を立てました。(マルコ10:35-45参照) 「そんなことをお願いするなんて、とんでもない奴だ。」と。ペテロはもちろん、「あいつらは、俺が右側に座るのが分からないのか。」と言ったに違いありません。ですからイエスが、「あなたがたはみな、つまずきます。」と言われた時、ペテロは、「そうです主よ。あいつらはそうかもしれません。でも、私は違います。主よ、私を右側に置いて下さい。私はあなたの味方です。」と言ったのです。「イエスは彼に言われた。『まことに、あなたに告げます。あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、わたしを知らないと三度言います。』ペテロは力を込めて言い張った。(14:30-31)」ペテロは、ずいぶん感情的になってのめり込み始めました。「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。(14:31)」自分の肉と献身を誇りました。聖書は、「立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。(1コリント10:12)」と教えています。神の恵みによって、そして聖霊の助けを通してのみ、私たちは立つことができます。私たちは、ペテロの優柔不断な様を見て、「恥を知れ、ペテロ。」と、後ろ指をさす必要はありません。私たちはみな、彼とどっこいどっこいだからです。御霊の力と助けなしには、私たちは無に等しいし、何もすることができません。イエスは、「わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。(ヨハネ15:5) 」と言われました。つまり、霊的に価値のあることができないということです。イエスを離れては、霊的に価値のあることは何もできません。ここでペテロは、自分の肉を誇っていました。また、「みなの者もそう言った。(14:31)」みなが、「私たちは、あなたに忠実な者となります。」と言ったのです。  「ゲツセマネ」または、オリーブ油搾り機(olive press)「という所に来て、イエスは弟子たちに言われた。『わたしが祈る間、ここにすわっていなさい。』そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネをいっしょに連れて行かれた。イエスは深く恐れもだえ始められた。(14:32,33)」イエスの前には、十字架が待ち構えていました。時が来たのです。後に、イエスはピラトに、「この時のために世に来たのです。(ヨハネ18:37の言い換え) 」と言われました。イエスは父に祈られました。「『ここを離れないで、目をさましていなさい。』それから、イエスは少し進んで、地面にひれ伏し、(14:34,35)」イエスが非常に悲しく、気が重かったことに注目してください。彼らに、「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、祈りなさい。(13:34参照) 」と言われました。  「それから、イエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、もしできることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈り、」もしできることなら・・・。聖書は、「イエス・キリストの十字架は、ギリシヤ人にとっては愚かですが、ユダヤ人にとってはつまづきです。(1コリント1:23参照) 」と言っています。ユダヤ人のメシヤ観は、支配する王でした。世界の権力を打破し、神の御国を立てる方です。確かにこれは、正しいメシヤ観です。これは、イエスが再臨されて、地上に神の御国を立てられるときに実現します。イエスは、世界にある政府を倒します。ダニエル書にある夢に、ネブカデネザルの夢をダニエルが解き明かしたのと、ダニエルの幻があります。一つの石が人手によらずに切り出され、世界の大国の像とその足を打ち、像が、つまり人による大国が砕けます。この石は大きな山となって全土に満ちます。(ダニエル2:34、35参照) ダニエルはこれを解き明かして、10人の王の時代に栄光の主が国を起こされ、この国は永遠に立ち続けます、と言いました(2:44参照)。人間の国は、何世紀にも渡って存続しました。けれども、神は永遠の国を、ご自分の国を起こされます。私たちは、「御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。(マタイ6:10) 」と、この御国が来るように待ち焦がれ、祈っているのです。イエスは、地面にひれ伏し、「もしできることなら」と祈られました。十字架は、人々によってつまづきです。大ぜいの人がこう言うからです。「神に至る道はたくさんある。すべての人が、自分のやり方で神のところに来るが、どのように神のところに来るかはあまり問題ではない。自分の心の衝動に従順であって、神のもとに来ることが重要であって、どのように来るかはそんなに重要ではない。」十字架は、そのようには言っていません。十字架は、神のもとに来る道は一つしかないと言っています。このために、人々のつまづきになるのです。「実際のところ、仏教徒は天国に行けない、と言うのか。」と人々は怒ります。もし仏教徒が祈りや日課のお参りを守ることによって天国に行くのなら、イエスは死ぬ必要もなかったのです。良い人が天国に行けるのなら、イエスは死ぬ必要がなかったのです。宗教の信条に対し誠実だから天国に行けるのなら、イエスは死ぬ必要がなかったのです。「もしできることなら、この杯をわたしから取りのけてください。(14:36参照) 」人間が他の手段で救われるのなら・・・、とイエスは言われました。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネ14:6) 」キリスト教は確かに狭いのです。実を言えばそのとおりです。でもイエスは言われました。「永遠のいのちの門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。(マタイ7:13、14参照)」そうです。とても狭く、とても小さいのです。十字架がこのことをあかししています。  「またこう言われた。『アバ』」これは、父を指すもう一つの言葉です。「パパ」とか「おとうさん。」といった、親しみをこめた言葉です。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。」父よ、あなたは何でもおできになります。どんなことでも、わたしには可能です。「どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。」これがイエスの祈りです。父に、ご自分の心を注がれています。「どんなことでも、あなたにはできます。この杯をわたしから取りのけてください。」すぐに次のように付け加えておられます。「しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。(14:36)」ここに、イエスによって、私たちに祈りの模範が示されています。祈りの目的は、私たちの願いがかなえられることではなく、神のみこころがなされることです。今日では、「『わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、な