マルコの福音書15章(Mark15)(#8043)  私たちの聖書通読の学びは、マルコの福音書15章まで来ました。さて14章のマルコの記述には、弟子たちとの最後の晩餐と過越の祭りがあり、園でユダがイエスを裏切り、イエスが宗教会議の前で審理をお受けになったことがありました。そして14章は、ペテロがイエスを否んだことで終わっています。ユダヤ人の中では午後6時から日が始まるので、まだ同じ日になります。「夜が明けるとすぐに、祭司長たちは長老、律法学者たち、および全議会と協議をこらしたすえ、(訳者注:15:1 欽定訳では、「祭司長たち」が主語になっている。口語訳や新共同訳などを参照。)」この全議会は、祭司たちや律法学者たち、長老たちを含めた、ユダヤ人の全体宗教議会です。「イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した。(15:1)」ローマ政府は、イエスが誕生されたちょうどその頃に、死刑を執行する権力をユダヤ人から剥奪しました。実際イエスがナザレにいてまだ少年であったとき、ローマ政府は、ユダヤ人から死刑を課す権力を取り上げました。ユダヤ人はこれを、自分たちの統治が終焉し、その国が終わったと解釈しました。実際、一部のユダヤ人は、荒布をまとい灰をかぶって、神が約束を実現されなかったことをみんなの前で嘆き悲しみました。ヤコブからユダに約束されたことは、シロ、すなわちメシヤが来るまでは、杖はユダから離れないというものです(創世49:10参照) 。ローマ政府によって死刑を執行する権力が剥奪されたことを、杖、つまり権力が奪われたと解釈しました。メシヤが来なかったので、道の通りで神の約束が実現されなかったことを嘆き悲しみました。その時ナザレで、神の定めたご自分の現われの時を待って、メシヤが成長されていたことを彼らは全く知らなかったのです。それで、彼らは死刑の宣告を取り付けるために、イエスをピラトに連れ出さなければいけませんでした。他の場合、例えば使徒行伝のステパノの場合には、ユダヤ人は憤ってステパノを石で打ち殺しましたが、ローマ政府はそっぽを向いていました。彼らは、ユダヤ人たちが騒ぎを起こして人を石で打ち殺すのを、彼らが望むなら止めませんでした。けれども、彼らが法的に人を死刑にすることはできませんでした。それゆえ、イエスが死刑になる判決を彼らが願ったので、イエスをピラトのもとに連れて行ったのです。ピラトの前で告発するためには、政治的な告発をしなければなりませんでした。「この者は、自分がメシヤであると言っている。」と言うことはできませんでした。ローマ政府にとって、そのようなことはどうでもよいことでした。そのため、イエスが自分が王だと言っていると告発したのです。人々にカエザルに税を払わないようにイエスがけしかけた、と訴えたのです。ピラトがその事件を聞くことができるように、ローマ政府に対するイエスの民事上の犯罪を告発して、でっち上げようとしました。イエスをピラトのところに連れ出すことに関して興味深いことは、ローマ政府の処刑の仕方が十字架刑の方式を採っていたことです。ユダヤ人は通常、人を石打ちにして殺していました。それがユダヤ人たちの死刑執行の仕方でした。けれども、ローマ人にとっては十字架刑でした。旧約聖書の預言によると、預言の成就のためには、イエスは十字架につけられなければなりませんでした。したがって、ピラトのところにイエスを連れ出したのは、偶然の事ではなく神のご計画の一部だったのです。詩篇22篇とイザヤ52章13節と14節にある預言が成就するためには、イエスは十字架刑によって殺されなければなからなったからです。彼らはイエスをピラトに連れ出して、「ピラトはイエスに尋ねた。『あなたは、ユダヤ人の王ですか。』(15:2)」これが、イエスが訴えていた事項の一つだったからです。「イエスは答えて言われた。」基本的に、「そのとおりです。」わたしはその王です、と。「そこで、祭司長たちはイエスを多くのことで訴えた。しかし、イエスは何もお答えにならなかった。(訳者注15:3 新改訳脚注参照。また、欽定訳には、“But he answered nothing."が挿入されている。)」イザヤ53章7節では、「毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。」とありますが、イエスは、偽りの告発に対して弁明をなさいませんでした。これは通常ではありえないことです。無実の者が死罪の訴えを受けて、偽りの証人が出されて、偽りの証人による告発を受けているのに、それに答えたり応じたりなさっていません。イエスは、ご自分を弁護するようなことはなさいませんでした。そのために、ピラトも尋ねて言いました。「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにもあなたを訴えているのです。(15:4)」イエスは何もお答えにならなかったので、イエスの沈黙にピラトも驚きました(15:5参照)。  「その祭りには、(15:6)」これは過越の祭りのことですが、ローマ政府は、好意の意思表示として、政治的囚人を釈放することを例としていました。これは過越を祝い、ローマ政府が、和解を申し入れることに対し、首を縦に振っていることを表すものでした。それゆえ、政治的囚人を釈放する者として選びました。実はイエスは、政治犯として告訴されていましたので、祭りの時に政治的囚人で釈放される該当者の中に入っておられたのです。十分ありうることですが、バラバには、その朝に限ってバラバを釈放するのを要求する仲間がいました。バラバは暴徒でした。イエスが受けておられたのは偽りの告発ですが、彼はまさに該当者でした。つまり、ローマの支配に反逆したのです。この男は、実際に有罪だったのです。ローマに反逆する暴徒たちといっしょにいて、暴動のとき人殺しをしました。しかし、彼はかつて、いや、その時も熱狂者たちの一人でしたが、その仲間がその朝、政治犯の囚人、バラバの釈放を求めるために特別に集まったのかもしれません。ですからすでに、バラバの釈放を願うように準備を整えていました。なぜなら、彼らはその時、ピラトに、例となっていた政治犯の囚人の釈放を行なうように頼んでいたからです。彼らがバラバを釈放するためにそこにいたことは、死刑のためにイエスを連れ出していた大祭司の手中で、いいように利用されたのかもしれません。ですから、ピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ釈放していました。マルコは、「バラバという囚人がいて、暴動のとき人殺しをした暴徒たちといっしょに牢にはいっていた。(15:7参照)」と伝えています。「それで、群衆は進んで行って、いつものようにしてもらうことを、ピラトに要求し始めた。(15:8)」つまり、群衆が、「囚人を釈放しろ。釈放してくれ。」と叫んだのです。「そこでピラトは、彼らに答えて、『このユダヤ人の王を釈放してくれというのか。』と言った。ピラトは、祭司長たちが、ねたみ」あるいは嫉妬「からイエスを引き渡したことに、気づいていたからである。(15:9-10)」ピラトは、イエスに対する告発が、でっち上げであることに気づいていたのです。群衆は、囚人の釈放を叫び、ピラトは、「このユダヤ人の王を釈放してくれというのか。」と言ったのです。「しかし、祭司長たちは群衆を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた。そこで、ピラトはもう一度答えて、『ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか。』と言った。すると彼らはまたも、『十字架につけろ。』と叫んだ。(15:11-13)」ここで人々には選択がありました。面白いですね。選択肢は、法(law)か無法かでした。イエスは神の律法(law)を代表しておられました。バラバは無法の代表でした。人々は、律法よりも無法を選びました。長い年月を経ても、人間はさほど変わっていません。私たちは選挙を目の前にしていますが、無法が勝利することは確かです。人々の中に、神に逆らう無法さがあります。それで、ここで、彼らはバラバを選びました。  ですから、「それでは、イエスをどうすればよいか。」という質問がなされたのです。ピラトが直面した質問は、これでした。「あなたがたがメシヤあるいはユダヤ人の王と呼んでいるイエスを、どうせよというのか。」これは、ピラトにとってだけの質問ではありません。実は、すべての人が直面しなければならない普遍的な質問です。この質問が、その時ピラトに意味があったと同じくらい、今夜、あなたにも意味があるのです。あなたも同じく決断をしなければなりません。ユダヤ人の王と呼ばれたイエスをどのようにすればいいか、決断しなければならないのです。イエスが主であり救い主であると告白することもできます。イエスは、「わたしを人の前で言い表す者は、わたしも天の父の前でその人を言い表します。(マタイ10:32参照)」と言いました。イエスを否むこともできます。イエスがあなたの生涯を支配されるのを否んで、この方に逆らうこともできます。イエスは、「しかし、人の前でわたしを拒む者を、わたしも天におられる父の前で、聖なる御使いたちとともに拒むだろう。(マタイ10:33参照)」と言われました。イエスを主として、救い主として受け入れることもできます。「しかし、この方を受け入れた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。(ヨハネ1:12参照) 」また、イエスを拒むこともできますが、イエスを信じることもできます。「御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためです。(ヨハネ3:16) 」あるいは、信じないでいることもできます。黙示録21章では、不信者の結末が教えられています(8節参照)。イエスの味方になることもできますし、敵になることもできます。しかし、一つできないことは中立でいることです。イエスは、「わたしの味方でない者はわたしに逆らう者であり(マタイ12:30)」と言われました。実に多くの人が、イエスに関してどちらでもない立場をとっていますが、イエスがこのような極端な主張をされている限り、中立の余地はありません。イエスは、事実神の御子であるか、あるいはペテン師で、惑わし者で、偽り者であるか、もっと好意的に言うならば、気違いであるかのどちらかでしかないのです。しかし、決断をしなければなりません。中立であることはできないのです。したがって、「キリストと呼ばれるイエスをどのようにすればよいか。」という質問は、あなた自身が答えなければならない質問であり、他の誰かがあなたのために答えることはできません。「お母さんが」「お父さんが」「うちの家族が」「おじいさんが」と言って、他の人の信仰に同乗することはできません。神に孫はおられません。すべての人が、どのようにするか自分で決断しなければなりません。したがって、このローマの裁判官の場合は、自分の決断によって自分の結末が決定されようとしていましたが、それは、すべての人にも同じことが言えるのです。あなたの決断によって、イエスの結末が影響されることは全くありません。けれども、あなたの結末が影響されます。あなたの永遠の運命は、キリスト、ユダヤ人の王と呼ばれたイエスをあなたがどのようにするかで決定されます。あなたの決断が、あなたの将来に影響を与えるのです。ですから、キリストと呼ばれたイエスについて、あなたがどのようにするのか、というのは非常に重要な質問であり、実はこれから答えなければならない質問で最も大切なものです。  使徒パウロは、「私にとっては、生きるのはキリスト、死ぬこともまた益です。(ピリピ1:21) 」と言いました。パウロは、死を実際に何か楽しみに待っているようなものとして話しました。「私は、その2つのものの間に板ばさみになっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。しかしながら、あなたがたを励まし力づけるために、しばらくの間ここにいることが必要なのです。(ピリピ1:23-24参照)」このからだにいる私たちは、このからだから解放されることを熱心に待ち望んで、しばしばうめきます(ローマ8:19-23参照)。それは、からだを持たない霊になりたいと思うからではなく、天からのからだを着たいからです(2コリント5:1-4参照)。イエスを自分の人生の主とした人は、永遠の希望を与える、キリストにあるいのちを見いだした人です。フランスの有名な無神論者ボルテ−ルには、イエスに関して好んで使った言い回しがあって、「あの人でなしをつぶせ!(Crush the wretch)」というものでした。面白いことに、彼が死を目前にしたとき、パウロとは全く違いました。パウロは、「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけではなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。(2テモテ3:8) 」と言いましたが、ボルテアは、死の床で泣き叫び、「もっと光を。もっと光を。もっと光を。」が彼の最後の言葉となりました。彼は、望みもなく、キリストもなく、永遠の暗やみの中に入っていきました。ですから、これは、私たちひとりひとりが自分で答えなければならない非常に重要な質問です。  ピラトは人々に尋ねましたが、人々の答えは、「十字架につけろ。(15:13)」でした。「だが、ピラトは彼らに、『なぜだ。あの人がどんな悪い事をしたというのか。』と言った。(15:14参照)」もはや司法制度は、総壊れしました。判事が群衆と論議をしているのです。想像だにできない光景でしょう。判事がいて、法廷にいる審理の傍聴人たちが叫びはじめましたが、判事が状況を掌握し、静粛を求め、廷吏がそのような人たちを法廷から退出させるのではなくて、その人たちと論議を始めたのです。「なぜだ。あの人がどんな悪い事をしたというのか。」けれども、何の道理もなく、悪い事を何一つ指摘することはできませんでした。道理が何もないときは、ますます大声で激しく叫ぶしかありません。群衆はまさにそれをしたのでした。「彼らはますます激しく、『十字架につけろ。』と叫んだ。(15:14参照) 」十字架につけさせろ、と叫びました。「それで、ピラトは群衆のきげんをとろうと思い(15:15)」実に恐ろしい言葉です。人々のきげんをとろうと思って、これまでに、どれだけおぞましいことがなされてきたでしょうか。心の中では正しいとわかっているのに、譲歩してしまうのです。自分の良心に逆らって、譲歩してしまいます。心の中では、なすべきことを知っているのに、それを行なう力と勇気がないので、群衆の叫び、仲間からの圧力に屈服してしまうのです。この圧力に強いられて、この圧力に屈服してしまい、あなた自身絶対に間違っているとわかっていることをしてしまうのです。それが、ピラトの場合でした。  「それで、ピラトは群衆のきげんをとろうと思い、バラバを釈放した。そして、イエスをむち打って後、十字架につけるように引き渡した。(15:15)」さて、福音書では、このむち打ちのことがそれほど強調されていません。むち打ちは、囚人から自白を引き出すために、ローマ政府が行なっていた慣行でした。囚人は、背中が十分丸出しになるように腰をかがめさせられました。砕かれたガラスや骨が埋め込まれた革製のむちを使いました。肉をかき裂くようにできていました。そのため、むち打ちが終わったとき、その人の背中がハンバーガーのように見えました(訳者注:まだ調理されていないハンバ−ガ−の肉のこと) 。並々ならぬ痛みと失血のため囚人が死ぬことが、多発しました。むち打ちによって、気がおかしくなって狂人になってしまうことが多々ありました。時には、むち打ちのときむちが顔に巻き付き、むち打ちのために、目がえぐり出されたという記録もあります。これはおぞましい事でした。「イエスをむち打ってのち、・・・引き渡した。」というのでは、ずいぶん磊落に聞こえます。次のような疑問が出てきます。むち打ちと私たちの救いにどんな関係があるのか。神がこのようなことが起こることをお許しになったとは、このようなことが起こることを計画なさったことさえも、私には信じられないのです。イザヤ書50章6節に、「打つ者に私の背中をまかせ、・・・」と書かれており、イザヤ書53章には、「彼は、そむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。(5節)」と書かれているからです。むち打ちには、何か目的があったはずです。それについて、神は何か目的を持っておられたはずです。十字架、つまり、キリストが血を流してくださったことを私たちは十分理解しています。その際、キリストは、ご自分のいのちをささげげてくださったのです。流された血は、いのちが出てゆくことを象徴しています。その際、キリストの心臓に槍が刺し通され、血と水が流れ出ました。キリストが血を流してくださったことにより、私たちは自分の罪を赦していただくことができます。それは、キリストが私たちの罪の犠牲として身代わりに、犠牲になって死んでくださったからです。そのことは、私たちは理解しています。しかし、むち打ちについては、ほとんど理解していないのではないかと考えるのです。むごい、むごい体験であったのにもかかわらず、新約聖書では、このことについて特に強調されていません。  「兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の中に連れて行き、全部隊を呼び集めた。そしてイエスに、」王室の色である「紫の衣を着せ、いばら(thorn)の冠を編んでかぶらせ、それから、『ユダヤ人の王さま。ばんざい。』と叫んであいさつをし始めた。(15:16-18)」嘲りです。嘲りと嘲笑です。しかし、興味深いのはいばらの冠です。冠としては興味深い選択です。創世記にさかのぼりますと、いばらはどこから来たのでしたでしょうか。覚えていらっしゃるでしょうか、アダムが罪を犯したとき、神は、「土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。土地はあなたのために、いばらを生えさせる。(創世3:17-18参照) 」と言われました。いばらは、人間の罪のために神が土地をのろわれた結果でした。何年も前のことですが、私がアリゾナのオラクル・ジャンクションの近くで、私たちが、YMCAのキャンプの監督をしていた時・・・。その場所を、さそりの峡谷(scorpion gulch)の異名で呼んでいました。理由は明白でしたが・・・。ある少年のグル−プを放棄された鉱山までハイキングに連れて行き、立坑まで降りて、少年たちに地層について若干説明し、金を求めていた人たちが追及するに価すると考えた鉱脈をいくつか見せました。立坑までのハイキングの帰路で、私の後ろにいた少年の一人が、あまりの痛さに叫びました。私は、何が起こったのかと引き返しました。すると、その子の手の甲にしっかりとウチワサボテン(cholla cactus)が刺さっていました。このサボテンは、ジャンピング・サボテン(jumping cactus)と呼ばれていますが、実際にサボテンがジャンプしたりしません。しかし、実にたやすく折れてしまいます。擦れたりすると、折れてしまい、とげ(thorn)はサボテンが折れてしまうと付いてきます。とげはくっついてきます。このサボテンはとげで覆われているので、取る時には注意しなくてはいけません。私がしたのは、2本の棒を取ってきて、下からとげをはさみ、とげをスポッと取りました(訳者注:とげ抜きの原理を利用したと考えられる)。しかし、私が棒ではさんでいる時に、とげがしっかりと刺さっているので、この子はずいぶん痛がり、「アダムのやつ、もう。」と言いました。それで私がその子に、「日曜学校はどこへ通っているの。」と尋ねると、「第一バプテスト教会だ。」と答えたので、私は、「君は、よく勉強しているね。」と言いました。いばら(とげ)は、のろいの結果です。つまり、イエスは、罪ののろいを取り除くために死なれたのでした。ですから、彼らがイエスにいばらの冠をかぶせたことを、私は興味深く思います。いばらは罪の結果でした。今や、イエスは世の罪を取り除こうとしておられましたが、いばらの冠をかぶらされておられました。  「また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、・・・。(15:19)」前日の晩に、イエスは大祭司の役人に殴られました。その時までには、イエスが打ちのめされ、役人たちは、イエスの頭に麻布の袋をかぶせ、殴り、「だれが殴ったかを言い当ててみろ。」と言いました。前日の晩に、役人たちはイエスを無慈悲に取り扱いました。さて、ここでは兵士たちがイエスをいじめています。兵士たちはイエスの頭を葦の棒、あるいは杖で叩きました。むち打ち(caning)の過程です。杖で叩くことについては、最近若干聞きましたね(訳者注:シンガポ−ル在住の米国人少年がいたずらの罰として、むち打ちに処せられたことに対する言及か)。「つばきをかけたり、・・・。(15:19)」イザヤ書50章6節です。「つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった。」「ひざまずいて拝んだりしていた。(15:19)」人が、心ない人が時々にするように、彼らは、「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」と言ったり、嘲ったり、拝んだりして、イエスをひどくもてあそびました。人が人に対して実に心ないことをできるのには、私には到底理解できません。文明とか文明人とか言いますが、ロ−マ政府は大変高尚な文明、発達した文明社会だったはずなのです。私たちは、高度に発達した文明社会に住んでいるとされているのですが、文明人が他の人に、他の人間に、どのようなことをし得るかには、驚かされます。あまり昔にさかのぼらなくても、見ることができます。ドイツでのホロコ−スト(訳者注:ユダヤ人に対する大虐殺) を振り返り、それに関する記録を読みますと、そのようなことを人が他の人にできるなんて、考えられません。しかし、ボスニアで起こっていること、双方で起きている残虐行為を読みますと、人が人に対してなぜそのようなことができるのだろうか、と考えてしまいます。私たちは、イエスに対してもそのようなことがなされたことを見ます。なぜでしょうか。それは罪のためです。サタンが、これらの人の生活を、思考回路を支配しているからです。このような人たちのために、イエスは死なれたのです。罪の結果、人生が邪道に陥った人たちのため、罪の結果、人間以下になってしまった人たちのためでした。まさにイエスが死のうとしておられた対象である人たちが、イエスに痛みを与え、処罰をし、嘲っていたのです。  「彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。そこへ、・・・シモンというクレネ人が、・・・むりやりに・・・(15:20-21)。」クレネは、北アフリカのちょうどリビアにあたる場所でした。この男性は、おそらく過越のためにエルサレムに来たと思われます。そこにいる時に、騒ぎを聞き群衆を見て、「ユダヤ人の王ナザレ人イエス(ヨハネ19:19)」との罪状書を持って、群衆を先導していたロ−マ兵士を見ました。十字架まで人々が列をつくって進む際に、できるだけ多くの人が罪状書を見ることができ、人々がロ−マの権力を恐れるように、実際回り道をして(circuitous)市中を進みました。ですから、列の前には4人の兵士がおり、うち一人が罪状書を持ち、二人が囚人の横に、一人が後ろにいました。そして、囚人は十字架刑の場所まで、十字架を担ぎました。ですから、この人は、兵士が「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」との罪状書を持って行進するのを見ました。すると、兵士の一人が、剣をシモンの肩の上に刃を寝かせてのせました。このため、その人は、その兵士の重荷を1マイル(1.6km)担がねばなりませんでした。反論することはできません。ロ−マの法律では、もし、兵士が肩の上に剣の刃を寝かせるのであれば、1マイルは、その兵士の奴隷になるしかなく、その兵士の荷物を持って、1マイル担がねばならなかったのです。これがロ−マの法律でした。このために、イエスは、「あなたに1ミリオン行けと強いるような者とは、いっしょに2ミリオン行きなさい(訳者注:マタイ5:41 英語では距離の単位としてマイルが使われているが1ミリオンは約1.5km 新改訳脚注参照) 」と言われたのです。「全力を尽くしなさい(訳者注:英語は、go the extra mile 。直訳すると、もう1マイル行きなさい。) 」という考えは、ここから来ています。  「彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼(シモン)に背負わせた。(15:21)」この時点で、イエスの体力が既に衰え始めていたに違いありません。むち打ちにより、かなりの出血がありました。その前夜には、イエスは、大祭司の警備の役人に無慈悲に殴られました。そして、今度はロ−マ人たちでした。イエスの体力がなくなっていくのを見て、この兵士はおそらく、この人シモン軽くたたいて十字架を担がせたのでしょう。面白いのは、シモンがアレキサンデルとルポスとの父であると説明されていることです。私たちにとって、それはマルコがその人の息子の名前を挿入していると言う事実以外に何の意味もありませんが、マルコがこの福音書を書いて宛てた人たちには、おそらく何か意味があったのでしょう。その人たちは、アレキサンデルとルポスのことを知っていました。マルコの福音書は、ひょっとするとロ−マにいたクリスチャンのためにまず書かれたのではないか、と考えられています。面白いのは、パウロがロ−マ人に手紙を書く時に、最後の章であいさつを書いている際に、「ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。(ロ−マ16:13)」とのべています。つまり、パウロは、この女性が自分にとって母のような人であると言っているのです。ルポスの母です。ですから、このルポスのことかもしれません。彼らはルポスのことを知っていました。ルポスの父はシモンでした。シモンがゴルゴダにたどり着いたとき、ひょっとするとシモンは、「もう1マイル担いだのだから、もう俺はこれでやめさせてもらう。」と思っていたかもしれません。しかし、イエスに対して何か興味がそそられるものがあった可能性もあります。十字架を担いでいた時でさえ、イエスに引かれていたかもしれません。それで、シモンはそこで待っていたのでしょう。彼らがイエスの手に釘を打っている時、イエスが、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。(ルカ23:34) 」と言われるのをシモンは聞いたかもしれません。おそらくシモンは、それに興味をそそられ、そこにずっと長くいて、イエスを信じる者になったのかもしれません。使徒行伝13章に、アンテオケの教会において、このアンテオケの教会の重要な立場にいた人がいましたが、その人の名前はシメオンでした。これは、シモンの別名でした。そこには、「ニゲルと呼ばれる(使徒13:1)」と書かれていますが、それは浅黒い(swarthy)肌の意味です。アフリカ人のことです。クレネ人であったので、そこの使徒行伝13章のシメオンは、マルコの福音書のシモンであった可能性は十分あります。シモンが回心し、後に教会に知られる人になっていたのでしょう。  ですから、アレキサンデルとルポスの父のシモンが、「いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架をむりやりに彼に背負わせた。そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。(15:21-22)」これが、「どくろ」の場所と呼ばれたのは、丘陵の斜面の輪郭のためです。もちろん現在も、エルサレムにあってヘロデの門とダマスコの門の中間地点にある、ソロモンの採石所と呼ばれている場所の向かいの城壁の上に立ち、バスの停留所の上を眺めると、モリヤの山の頂上を見ることができ、横には頭蓋骨のように見える洞穴(cave)ができています。空洞になっている眼窩と鼻ばしらのようになっています。洞穴の横にはエレミヤの洞窟(Jeremiah's Grotto)と呼ばれている所があります。あるいは、そこが十字架による処刑場だったので、回りにたくさんの頭蓋骨があったからかもしれません。十字架刑になった人の遺体は埋葬しないというきまりがあったので、ただ遺体を十字架から下ろし、ハゲワシやゴミあさりの犬に食べさせ、骨はそのままにしておいたので、その回りにたくさんの頭蓋骨があったからかもしれません。このために、「どくろ」の場所という名前がついたのかもしれ