マルコの福音書16章(Mark16)(#8044)  では、マルコの福音書16章を開きましょう。マルコの福音書の最後の章まで来ました。来週はルカの福音書を始めます。  マルコの福音書16章に入りますが、9節から最後の節までのこの章の最後の部分に、疑問や疑念を抱く人たちがいることを知っておくべきでしょう。疑問や疑念の理由は、この章のこの部分の正確性や真正性(authenticity)についてです。と言いますのも、最も古い写本2つでは、この部分が削除されているからです。シナイ写本(Siniaticus)として知られているものと、もう一つバチカン写本(Vaticanus)として知られているものが、その写本です。1800年の半ばに、ティッシェンドルフがシナイ地域のカタリナ修道院で、古代の獣皮紙を発見しました。それは、火をおこすのに使われていたものでしたが、調べてみると聖書の古代の写本であることがわかりました。おそらく、そこにあった本文の量について言えば、現存では最も古い写本の一つです(訳者注:「本文(text)」は、日本語や英語などの聖書の原文になっている原本のことを指します。しかし、それはすべて写本(manuscript)であり、写本の原文(original)は失われています。) 。この写本の発見が発表されると、ほどなくバチカンは、バチカンから古い写本、B写本と知られている写本を取り出しました。コデックス・シナイ写本の方は、オリ−ブと呼ばれています(訳者注:コデックス(codex)は、現代の本の形にされたものを意味しますが、「コデックス」のみで、シナイ写本とバチカン写本を指します。) 。これら二つの写本は、かなり類似していることがわかりました。しかし、完全に類似していたわけではありません。二つの写本の間には違いがありました。聖書の改訂作業を行なう際に、この作業にかなりかかわった人物が二人いましたが、それはウエストコットとホ−トでした。彼らはギリシャ語の学者で、ギリシャ語の本文を編纂しましたが、その際コデックス・シナイ写本とコデックス・バチカン写本の二つの古代文にかなり依存しました。これら二つの写本は、判明している限りにおいては、紀元420年、430年ごろにさかのぼるものです。この二つの写本から、マルコの福音書のこの最後の部分が削除されているので、彼らは、改訂版の本文からも削除するか、最古の写本にはないことを少なくとも特記する必要があると感じました。多くの現代翻訳版には、このような注がたくさんあります。多くの場合、最古の写本と呼んでいますが、中にはずうずうしくも最良の写本と呼んでいるものもあります。なぜ私がずうずうしくもと言ったかというと、これらの写本が本当にどれだけ良い写本なのか追及する余地がかなりあるからです。当時の何人かの学者、といっても主にシュリブナ−とディ−ンバ−ジンですが、彼らが絶大なる信頼を置いていたコデックス・シナイ写本について、何と言っていたか読んでみましょう。「この文書が最初に記されて以来、修正と訂正の試みがなされたのは10回ほどである。」つまり、これは抹消された箇所のことです。10人の異なる修正者が目を通し変更をしましたが、「多くは、ずっと後の6世紀から8世紀のことであった。」シュリブナ−博士は、1864年に、コデックス・シナイ写本の完全な対比を出版しました。それには、説明のはしがきがついていましたが、そこで様々な興味のある点について書いています。「とりわけコデックスについては、至る所に加筆修正が加えられており、その内容は明らかに訂正の性格を帯びたものである。少なくとも10人の異なる修正者がいて、あるところではほぼ系統的に毎ペ−ジに及んでいたり、別のところでは所々のものもあり、写本の限定された部分の場合もある。これらの多くが最初の筆記者と同年代の人物で、おおむね6世紀から7世紀の人物である。知性のある読者なら、このコデックス・シナイ写本の作業の偉大さを難なく気づくはずである。修正者が評価した文書がここにある。修正者はコデックス・シナイ写本を評価したが、その唯一の理由は、それが古いものであり非常に純正なので、その他全ての聖書の写本を吟味し訂正する際の基準としてみなされるべきものである・・・19世紀の学者の推定はこのようなものだが、その写本の文面は、その写本を最初に持っていた人から数百年後までの人たちはその写本が非常に純粋性に欠けると評価したので、すべての部分について訂正を必要とするものであったとの証拠を露呈している。」  聖書はこれまで、いわゆる高等批評(訳者注: higher criticism 聖書各書の文学的歴史的研究) を受けてきました。彼らは、聖書はどのような他の古代文とも同じで、どのような他の古代文と変わらぬ研究をすべきであり実は霊感を受けた神のみことばではない、という前提をもって聖書を読みます。聖書が神の霊感を受けたのではなく無謬ではないということで、誤りを見つけたり、矛盾や証拠を見つけようとします。このような人たちは、長いこと聖書にけちをつけ続けています。高等批評学派は、ウエストコットやホ−トといった人物を輩出しており、コデックス・シナイ写本とコデックス・バチカン写本を用いて、自分なりのギリシャ語の本文を作成しました。それに基づき、改訂版(Revised Version)ならびに事実上全ての現代の訳本が出てきているのです。基本的には二つの本文の系統があり、バチカン写本とシナイ写本が出たアレキサンドリヤ学派の本文があり、そしてもちろん、大半の本文を網羅している公認本文(Received Text)があります。特記すべきことは、大半の本文にマルコの最後の部分が入っていることです。マルコの福音書の最後の部分が入っていない写本は、先に言及した二つだけです。しかし面白いのは、コデックス・シナイ写本が写されるはるか前に死亡した初代教会の教父の多くが、マルコの福音書の最後の部分を引用していることです。教会史のはじめの頃、紀元140年から202年に生存していたイレニウスは、このマルコの福音書の最後の部分から引用しています。一番古い文書だというのが主な理由でコデックス・シナイ写本を使っているのであれば、「一番古い文書だから、おそらく最も正しいであろう。」と言うのであれば、コデックス・シナイ写本が書かれた200年も前にイレニウスが引用した文書は何であったかを説明する必要が出てきます。紀元130年から235年に生存していたヒッポレイタスも、このマルコの福音書の最後の部分から引用しています。明らかに、彼らはさらに初期の写本から引用しています。ですから、古いから正しいはずだという考えはおじゃんです。なぜなら、聖書教師がマルコの福音書の最後の部分から引用しているからです。ですから、ディ−ンバ−ジンがコデックス・シナイ写本について、どのように言っているかをお読みしましょう。控え目に言ってもあまり高い評価ではありません。彼は、コデックス・シナイ写本の非純正性について語っています。「それは、ほぼ、コデックス・シナイ写本を熟知している人なら十分に認識するところである。もし、証拠としての真価が正しく推定されるのであれば、この古い写本について他の特徴を考慮に入れなければならない。したがって、これは著しく不注意か、能力がないか、あるいはその両方であった筆記者の作品であるという結論に達する内在的証拠がある。この写本の場合、行の配列が特異であり各ペ−ジが縦4段組みになっている。各行は12文字になっており、すべて大文字で間隔なしに書かれている。」つまり、言葉を区切ろうとしていないのです。すべてが大文字で、間隔なしに書かれています。「行の終りで言葉を終わらせる試みがない。2文字しかない単語でさえもそうである。例えば、enとかekさえも真ん中で切れていて、最後の文字が新しい行に続けられている。」控え目に言っても非常に特異な写本です。「その直前の行に、十分余裕があるのにもかかわらずである。このもう一つの特異性によって、筆記者の性格と能力についての考察ができる。おそらく幼稚園児がやったものだろう。」それだけではなく、シュリブナ−博士はこう述べています。「この写本は、行が似たように割り付けされた写本に由来している違いない。というのは、筆記者は時に、ちょうど一行に相当するほどの文字の脱字をしているからである。」つまり、筆記者はまる一行飛ばしていて、その行を埋めるほどの文字があるはずですが、それらが脱字になっているのです。「しかも、それは全く意味をなさなくなるほどになっている。」つまり、その行が飛んでいるために、書かれたものがまったく意味をなさないということです。「それは、あたかも筆記者の目がすぐ下の行に動いてしまったかのようである。」シュリブナ−博士は、「まる一行が飛んでいる場合もあるし、書き写している途中の行から、それに相当するすぐ下の行に飛んでいる場合もある。」と述べています。ですから、行が途中まで書かれ、強引に次の行の次の部分が書かれているのです。「このことから、写本作成の作業をした筆記者が不注意で、能力がなかった両方であることは明白である。注意深く写本をした人なら、上記のような間違いやその他の間違いをこのように頻繁に犯さなかったであろう。最低の能力の筆記者であっても、ペ−ジを読み返して、脱字で意味がまったく不明になってしまった文章に気づいて訂正したであろう。」つまり、もしこの筆記者が自分の書いたものを見返しさえすれば、その行を飛ばしてしまったことに気づいて、飛ばした部分を挿入し意味がなすようにしただろう、ということです。ですから、筆記者の性格に関してディ−ンバ−ジンは、こう言いました。「これらのコデックスに示されている非純正さは、意見の問題ではなく事実である。福音書だけをとってみても、コデックス」これはバチカン写本のことですが、「言葉や句全体が抜けている箇所が、1,491を下らない。すべてのペ−ジにおいて、不注意な写本作業の痕跡を見ることができる。コデックス・シナイ写本には、目とペンによる誤謬であふれ、それは、最も重要な文書にはふさわしからぬ、いやむしろ異例な度合いとなっている。まさに不注意さのために、10、20、30、40もの言葉が脱落している場合が多くある。文字や、単語や、まる一行さえも二度も繰り返して書かれていることがよくあり、あるいは、書き始めているのにすぐに抹消されたり、その直前の句の終りが同じであるためにある句が脱落しているといった、甚だしいばかな間違いが、新約聖書中に、115箇所を下らない。そこで、コデックス・バチカン写本は、次の点で公認本文(Received Text)とは異なっている。コデックス・バチカン写本は、少なくとも2,877語の脱字があり、536語が付け加えられており、935語が代替され、2,098語の順序が入れ替えられており、1,132語が変更されており、計7,578箇所の言葉の相違点がある。しかし、シナイ写本はさらにひどく、言葉の相違点は合計9,000箇所以上にものぼる。」ですから、多くの聖書には最も古い写本と記されていますが、それらはマルコの最後の部分を欠いています。また、マルコの最後の部分を入れているものについても、最も古い写本の中にはここの部分を欠くものがあると記していることがよくあります。その写本は二つであり、シナイ写本とバチカン写本ですが、今いかにいい加減な作業であったかをお読みしました。  ですから、その部分を欠くと、イエス・キリストの復活の話が本当は終わらないのです。これら二つの写本には欠けている部分の前の節、つまり8節を読んでみます。「女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。すっかり震え上がって、気も転倒していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。(16:8)」話を終えるには、ものすごいところではありませんか。すっかり震え上がって、逃げ去り、それについて話すのも恐ろしかった。完。それではまだ復活の証拠もありません。イエスがマグダラのマリヤに現れたことなどもありません。そこで話が切れてしまいます。そこが話を切る場所ではないことは明らかです。ですから、誰かがコデックス・シナイ写本は最良の写本の一つだと言っても、欺かれてはなりません。それは最悪の写本の一つなのです。それに絶大なる信憑性をおいても、単なる無知か、意図的に欺かれているのです。お粗末な、お粗末な写本なのです。ウエストコットとホ−トがしたように、絶大なる信憑性をおくためには、他の動機をさがさざるをえません。ただ、ニュ−エ−ジ説は私はどうもいただけません。これは、ニュ−エ−ジの陰謀の一端だという説です。ニュ−エ−ジ版(New Age Version)という本の価値は、聖書を変えようとするニュ−エ−ジの人たちの陰謀を探ることではありません。この本の価値は、本文(text)をつきあわせて比較し、欽定訳に対し現代の翻訳版がどのように変更されているか見ていくことだと思います。欽定訳が、公認本文(Received Text)またはテキスタス・リセプタス(Textus Receptus)の翻訳であることを知っておくべきです。マルチン・ルタ−の翻訳やウィックリフの翻訳、その他の翻訳は、もちろん公認本文からの翻訳ですが、公認本文は多数本文(Majority of Text)としても知られているものです。この部分は二つの写本からは削除されていますが、千以上の写本には入っているのです。ですから1,000対2の票数です。しかし、どういうわけかこの二つに対し、他の1,000よりもより大きな信憑性がおかれています。他の千以上の写本は様々な出典から来ていますが、この二つの写本とは異なっているという点では、結局みな一致がみられます。この二つの写本については、一方は7,000以上の変更が加えられ、もう一方は、9,000以上の変更が加えられたということを、先程指摘しました。ですから、それを念頭にマルコが何を語っているか見てゆきましょう。  「さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤ・・・。(16:1)」ああ、もう一つありました。このディ−ンバ−ジンという人ですが、この人はすぐれた学者で、「マルコの最後の12節(The Last Twelve Verses of Mark)」という本を書きました。非常に学究的な本です。その本の中の最終的な結論は、「圧倒的な証拠の量から、それは純正なものであり、そこに属するもので、原典の本文の一部だ。」というものです。マルコの最後の12節のテ−マについてこれまでに書かれたどの書物よりも、この著書は詳細で完全にこのテ−マについて書いています。  「さて、安息日が終わったので、・・・(16:1)」これは、土曜日の安息日のことです。聖書から、二つの安息日が続けてあったことがわかります。もちろん種なしパンの祭りがあり、種なしパンの祭りの初日は、律法によると安息日でした。ですから、続いて二つの安息日があったようです。一つは金曜日で、もう一つは土曜日でした。これは土曜日の安息日でした。「それが終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。(16:1参照)」この前の章から、この女たちはイエスの十字架刑を遠くの方から立って見ていました。40節です。また、この女たちは、ヨセフがイエスのからだを下げ渡された時ついて行き、ヨセフが墓に納め、墓の入り口に石がころがしかけられるのを見ていました。彼女たちは安息日の朝早く(訳者注:「安息日の後の」の意味か?) 、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を持って行ったのでした。「そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。(16:2)」さて、マグダラのマリヤと女たちが、(墓に)来るために出発したのははっきりしていますが、マグダラのマリヤは他の女たちより急いで先に来たに違いありません。まだ暗いうちに墓に到着しました。マグダラのマリヤは、墓から石が取りのけられているのを見て、想像をしました。墓から石が取りのけられているのを見て、墓の中まで入って調べたのではなく、人々がイエスのからだを取っていった、と想像をしました。ですから、マグダラのマリヤは走って行って、ペテロとヨハネにイエスのからだが取っていかれた、誰かが移動したと伝えました。もちろん、ペテロとヨハネは墓のところに走っていきました。その一方で、他の女たちが到着し、マルコはその女たちがどうなったかを伝えています。彼女たちが着いたときに、イエスが置かれたところに御使いが座っているのを見ました。そして、女たちは急いで戻り、御使いが言ったことを弟子たちに伝えました。そして、ペテロとヨハネが到着しました。ヨハネのほうがペテロより早く着きましたが、ペテロの方が先に入り、ヨハネは外で待っていました。そして、イエスが巻かれていた布切れが置かれているのが見つかりました。布切れはありましたが、からだはありませんでした。すると、ヨハネは直ぐにその重要性に、イエスが実際によみがえられたことに気づきました。この2人が去って、この2人に伝えたマリヤが戻ってきて、そこにいたときに、御使いは彼女が涙にむせび泣いているのを見て、「なぜ泣いているのですか。」と言いました。彼女は言いました。「だれかが私の主を取って行きました。どこに置いたのか、私にはわからないのです。」彼女が振り向くと、イエスがそこに立っておられましたが、彼女はそれが園の管理人だと思いました。イエスは、「女よ、なぜ泣いているのですか。」と言われました。すると、マリヤは、「だれかが私の主を取って行きました。」と同じことを言いました。ですから、これが出来事の経緯でした。福音書をつなぎあわせると、全体の相関関係がわかり、このような話になるのです。そして、マリヤはイエスを見てすがりつき、イエスは、「マリヤ、わたしにすがりついてはいけません。弟子たちのところに行って、私が確かによみがえったことを伝えなさい。」と言われました。それで、マリヤは弟子たちのところへ行って伝えたのです。(訳者注:以上、4つの福音書の復活の記述を参照してください。)  ですから、これらの女たちは、週の初めの日、つまりこれは日曜日でしたが、その早朝、日が上ったとき、墓に着きました。「彼女たちは、『墓の入り口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか。』とみなで話し合っていた。(16:3)」さて、もし、あの地にある墓とその前にある石のいくつかを見たことがあるなら、彼女たちの質問を理解することができます。私自身、背中を壁につけて、足を踏ん張って、石をころがそうとしたことがあるのですが、できませんでした。かなりの重さで、しっかりと据えてあります。ですから、女たちがなぜ、「あの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか。」と質問をしたのか私には理解できます。といいますのも、石は大きいと書かれているからです。からだを埋葬する洞窟の入口の前にころがしておく石は、大きいのです。ですから、あの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか、と彼女たちは気がかりでした。心配していました。ちょうど私たちの心配の多くのように、不必要で、必要のないことだったのです。というのも、彼女たちがそこに着いたときには、すでにその石がころがしてあったからです。ここで、あの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか、と心配していましたが、すでにそれは済んでいたことでした。何か心配していたけれども、着いてみると、既にそれが片付いていたということがありませんか。なぜ、心配したんだろう。なぜ、そんなに心配したんだろう。心配してエネルギ−を浪費してしまいました。主が私たちより先に行って、私がそこに行く前に片づけてくださったのに、私は、そのことをしっかり心配していることがあります。精神的なエネルギ−をたくさん使って、心配するのですが、そのようなことは全く必要のないことだったということがあります。ですから、彼女たちもそうだったのです。「ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。(16:4)」  さて、この前の章では、ヨセフがイエスのからだを引き取り、それを亜麻布に包み、墓に納め、墓の入り口には石をころがしかけておいた、というくだりで終わっています。その石の後ろには、墓の中には、イエスのからだが置かれていました。そこには、死んだ神概念が置かれていました。イエスが来られたのは、人間に神を現してくださるためでした。「神は、むかし先祖たちに、預言者また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。(ヘブル1:1-2)」神の啓示です。イエスは、「わたしを見た者は、父を見たのです。(ヨハネ14:9) 」と言われました。イエスが、御父について私たちに現してくださったものとは何でしょうか。それは、御父があなたに、とても気をかけてくださっているということです。それは、あなたのことを愛してくださっているからです。あなたのために備えをし、あなたの面倒をみ、あなたを見守ってくださり、あなたの人生のこと細かいことまで全て気をかけてくださっています。あなたが思い描いたり悟ったりする以上に気をかけてくださっています。それは、御父があなたを強く愛してくださっているからです。ですから、イエスは、愛の神の概念を人にもたらしてくださいました。怒りの神や裁きの神ではなく、ご自分の被造物を愛される神です。被造物から遠く離れている神ではなく、被造物に果てしなくかかわってくださっている神です。しかし、人間はそのような神概念を拒絶しました。十字架と十字架の出来事を見ると、愛以外のものしか見えません。人間の不道徳、憎しみが見えます。人々が救い主を十字架に釘づけにし、救い主が死なれたときに人々は嘲り、救い主に悪意が注がれました。ヨセフがイエスを引き取り、亜麻布に包んで、墓に葬り、石を入口にころがしたとき、石の後ろには人間に拒絶された死んだ神概念が置かれていました。石の後ろには、実際、死んだ宗教が置かれていました。確かに、他の宗教とは違いましたが、宗教の側面はあります。神について、また人間がどのように神に近づくかについて、語っています。そして、人間が神のところに来るべき信仰について、語っています。しかし、他のほとんどの宗教とは違いました。他のほとんどの宗教は人間が神に近づきますが、この宗教は、神が人間に近づくと教えています。地球を基盤とした有限の人間は、決して神に近づくことはできません。しかし、無限の神が有限の人間に手をのべてくださり、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。(ヨハネ3:16) 」のです。あなたの努力や行ないによって神を喜ばせるような規則や規制を課す宗教とは違い、この宗教は、あなたが最善の努力をしても神を喜ばすことは決してないと教えています。新たに生まれなけなければならないのです。新しいいのち、霊的ないのちの注ぎがなければならないのです。しかし人間は、この宗教を拒絶しました。どれほど腐敗し軟弱であろうとも、人間は、自分の行ないによって怒りの神をなだめようとしつづけます。そしてもし可能ならば、無限の神に到達しようとします。石の後ろに、そこにイエスは置かれていました。そこにあったのは死んだ希望です。イエスが宣教をなさっているときに、弟子たちは非常に興奮していました。弟子たちはメシヤについての預言、神の御国が地上に立てられることを知っていました。地が真の平和を体験するようになる時が来て、「彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、二度と戦いのことを習わなくなること(ミカ4:3参照) 」を知っていました。弟子たちは、その御国が、その時建てられることを望んでいました。平和のうちに、子供たちを育てることができるようになり、主の栄光が地を覆うことを望んでいました。しかし、イエスは十字架にかけられ、彼らはイエスを墓に葬り、墓の入口に石をころがしかけておきました。そして、石の後ろにあったのは、死んだ希望でした。エマオへの途上で、弟子たちは、「この方こそイスラエルを贖ってくださるはずだ、と望みをかけていました。(ルカ24:21) 」と言いました。しかし弟子たちは、それを過去形にしていました。「それなのに、この方を十字架につけたのです。この事があってから三日目になります。(ルカ24:20-21参照)」希望は打ち砕かれてしまいました。  さて、石が墓の入口からころがされていたというのは、どういう意味でしょうか。つまり、こうです。神概念は死んではいない。神は愛してくださる神だということ、それは真理だということです。。神はあなたのことを気にかけてくださっています。あなたの人生のあらゆる面を深く気にかけてくださっています。つまり宗教は死んではいない、生きているということです。人間は自分の努力では神に到達することができませんが、神が人間に手をのべてくださり、ご自分の御子の犠牲によって、神は、人間が自分の罪を赦され、永遠の神と交わりをすることができる道を備えてくださいました。つまり、イエスがはっきりおっしゃったように、ただ信仰によって、神を信じることによって、あなたが神を知り、神と交わりを持つことができようになるということです。つまり、生ける希望があるということです。ですから、ペテロは、「イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちが生ける望みを持つようになったことを神に感謝します。また、朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産を受け継ぐようにしてくださいました。これはあなたがたのために、天にたくわえられているのです。あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、・・・。(1ペテロ1:3-5参照) 」と述べているのです。ああ、このことによって、実に新しい見方で十字架を見ることができるのです。今、開かれた墓をとおして十字架を見ると、全く新しい見方ができます。石がころがされる前は、十字架は人間が人間に対して行なった、とんでもない非人間的な誤りでした。人間がいかに冷酷で残酷になりうるかの典型的な例でした。それは恐ろしい悲劇でした。神の御子が十字架にかけられなければならないなんて。しかし今、十字架を見る時に、全く異なった視点から見ます。敗北として見るのではなく、栄光に満ちた勝利として見ます。十字架で敗北したのは、神ではありませんでした。敗北したのはサタンでした。イエス・キリストの十字架によって、サタンがあなたの人生に対して持っていた力は、打ち負かされました。それは、イエス・キリストが、十字架によってサタンに勝利され、すべての支配と権威の武装を解除してさらしものとし、彼らを捕虜として凱旋の行列に加えられました(コロサイ2:15参照)。ですから、これは、十字架について私たちに全く異なる見方を与えてくれます。大きな悲劇ではなく、神の愛が非常に目に見える形で人間に示されたのです。ああ、私は、この「石がすでにころがしてあった。」という聖句が好きです。これで、大きな違いが出て来ます。  「それで、墓の中にはいったところ、真白な長い衣をまとった青年が」これは明らかに御使いですが、「右側にすわっているのが見えた。彼女たちは驚いた。青年は言った。『驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。』(16:5-6)」そしてこう言いました。「ですから行って、お弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます。』とそう言いなさい。」「行って、お弟子たちとペテロに言いなさい。」となっていることに注意してください。ペテロはおそらく、主は自分とはもう再び、全くかかわりをもたなくなられるだろうと考えたかもしれません。派手に失敗した時の気持ちがわかりますか。本当に主を見捨ててしまったとき、どう感じるかわかりますか。主は自分を見限って、もうどんな関わりをも持ちたくないと思われているだろう。この方をとがめることはできない。私が、危機の時に主を見捨てたのだ。私が主をがっかりさせたのだなど、罪責の念をペテロは感じていました。ですから主は、「ペテロに」と付け加えられたのです。ペテロに知らせてやりなさい。戸はまだ閉じられていない。赦しはある。理解はある。同情はある。愛はある、と。「弟子たちとペテロに言いなさい。」「女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。すっかり震え上がって、気も転倒していたからである。そしてだれにも言わなかった。恐ろしかったからである。(16:8)」  「さて、週の初めの日の朝早くによみがえったイエスは、まずマグダラのマリヤにご自分を現された。(16:9)」これは、他の福音書によって確認できます。特にヨハネの福音書には、イエスがマグダラのマリヤにご自分を現されたことが伝えられています。「イエスは、以前に、この女から7つの悪霊を追い出されたのであった。」イエスにお会いする前のマリヤの人生を想像できるでしょうか。それは、苦悩と束縛の人生でした。彼女にとって、それは7つの悪霊にとりつかれた生き地獄でした。イエスはこの悪霊どもを追い出され、彼女を自由にされました。イエスが言われたように、「多くの罪を赦された者は、よけいに愛する。(ルカ7:47参照)」ことがわからないのですか。マリヤがイエスを比較にならないほど愛したのを知っていますか。この方は、私を地獄から救い出してくださったのです。自由にしてくださったのです。いのちを与えてくださったのです。その時から、マリヤはイエスにつき従い、つねにお供をしていました。イエスが十字架につけられているときに、彼女はそばに立っていました。イエスが墓に運ばれていかれた時にも、ついて行きました。おそらくマリヤが、一番最初に墓に到着した人だったと思います。石がころがしてあったのを見て、走ってそのことをペテロに伝えたのです。しかし、彼女は戻ってきました。そして、イエスにお会いしました。よみがえられたイエスを見た最初の人でした。そこには、優しく特別なものがあります。ヨハネは、マリヤがイエスにすがりついたことを伝えています(ヨハネ20:17参照)。死に物狂いのしがみつき方をしたのだと思います。おぼれそうになっていたけれども、失ってしまったと思っていた救い主がそこにおられたのです。一度は自分から離れていってしまったけれど、もう決して行かせない、というようなしがみつき方だったのでしょう。ですからイエスは、「わたしにすがりついてはなりません。このことを弟子たちに伝えなさい。わたしはよみがえったのです。」と言われたのです。ですから、このマグダラのマリヤという女は、イエスが死者の中からよみがえったことを伝えるように任命された最初の証人だったのです。  「マリヤはイエスといっしょにいた人たちが・・・」これは、弟子たちのことです。「嘆き悲しんで泣いているところに行き、そのことを知らせた。(16:10)」これは3日目のことです。イエスは繰り返し、繰り返し「わたしは十字架につけられるが、3日目によみがえる。(マルコ8:31など参照) 」と言われていたのです。さて、自分が弟子たちよりも優れていると思っていませんが、いやむしろ逆で、弟子たちぐらいになれたらなあと願っても、そうなっていないことを感じています。しかし、とにかくイエスが、「わたしは十字架につけられるが、3日目によみがえる。」と何度も何度も言われたのですから、私なら3日目にはどうにかして何かを期待していただろうと、思うのです。私なら、きっと待っていて、「おい、もう3日目だぞ。行って、調べてみようぜ。どうなったか。」と言っていたでしょう。けれども、復活を期待して待っていたのではなく、彼らは嘆き悲しんで泣いていたのです。彼らに関して言えば、すべてがお終いだったのです。もう終りでした。そこに、マリヤが現れたのです。彼女がどれだけ興奮していたか想像できるでしょうか。きっと最初は言葉がでなかったのでしょう。興奮と驚喜です。「私は見た。見たのよ。主は生きておられる!生きておられるのよ!」「落ち着け。落ち着け。マリヤ、何を言いたいのかね。」たぶん、マリヤはとても興奮していたので、弟子たちは、「ああ、とうとう気が狂ったか。」と思ったのでしょう。覚えていらっしゃるでしょうか、ヤコブがヘロデによって首を切られた後に、ペテロは牢に入れられました。ヘロデはユダヤ人の気に入ったのを見て、ペテロを牢に入れたのです。次の日にペテロを引き出して死刑を執行するつもりでした。その夜、主の御使いがペテロを助け出しました。けれども覚えていますか、教会は祈りに専念していたのです。ペテロのために祈っていました。御使いがペテロを牢から救い出し、ペテロは彼らが祈りをしている家に向かいました。そして、その家の戸をたたきました。ロダという若い女中が戸まで応対に来ました。「どなたですか。」「ペテロです。入れてください。」彼女は、祈りで集まっているところまで走り戻りました。「ペテロが、戸のところにいます!!」と言いました。彼らは、「あなたは気が狂っているのだ。幽霊でも見たのだ。」と言ったのです。ペテロは戸をたたき続けました。ついに彼らは、「だれか応対した方がいいだろう。」と言いましたが、ペテロはそこにいたのです。私たちの信仰はこのようなものです。彼らはペテロのために祈っていましたが、信仰はもっていませんでした。祈りが聞かれたときに、それを信じることがなかったからです(訳者注:以上、使徒行伝12章参照)。神が祈りを聞いてくださって、驚くことが何度あることでしょう。神が主権をもって恵みをほどこされたのであり、私のすばらしい信仰によるのではありません。神の主権的な恵みによるのです。ですから、ここでも、またしても女の証言ですが、弟子たちはそれを受け入れることをしませんでした。当時は女性は権利を多く持っていなかったので、法廷で証言をすることはできませんでした。女の言葉は受け入れられなかったのです。ですから、イエスはマリヤが伝えるように彼女を任命されましたが、彼らは聞きませんでした。依然として嘆き悲しんで泣いていました。喜ぶべきだったのですが、不信仰がそのようなことをさせるのです。不信仰が、そうさせるのです。人を涙にひたらせます。不信仰は人を苦悩の中に置きます。喜ぶべきときに、絶望と悲惨の中に置きます。神が処理をしてくださっているのに、多くの場合もうすでに処理していてくださったのに、まだ嘆き悲しみ泣いているのです。不信仰によって、神の勝利と御わざの喜びの中に入ることができなくなります。神は御わざをなされて、イエスを死者の中からよみがえらせたのですが、弟子たちは不信仰のために喜ぶことができませんでした。  「その後、彼らのうちのふたりがいなかのほうへあるいていたおりに、イエスは別の姿でご自分を現された。(16:12)」ルカがこのことを詳しく説明しています(ルカ24章13-35節参照) 。ルカは、クレオパという弟子ともうひとりの弟子がエマオに行く途中で、イエスが彼らとともに歩かれたことを伝えています。ルカによる福音書でこのことを学びます。彼らもイエスに話したのです。イエスは別の姿をされていましたが、マリヤも、最初はイエスだとわからなかったように、彼らはイエスだとわかりませんでした。これがどのような意味かは、みなさんが自分で推測してみなければならないことです。私には、それがどういう意味があるのかを言う資格はありません。しかし、「イエスは別の姿でご自分を現された。(16:12)」のですが、このふたりの弟子は、暗い顔つきになっていました。イエスが、それはどうしてかお聞きになったからです。二人は、イエスがよく知っておられた話をしました。イエスが十字架につけられたことと、もうそれから3日立つことと、何人かの女がイエスを見たと言ったことも話しました。なぜなら、イエスはマリヤに現れたあと、ほかの女にもご自分を現わされたからです。面白いことに、彼らがエマオに着いたときに、イエスは続けて歩いて行こうとされましたが、「もう遅くなっていますから、私たちといっしょにお泊まりください。」と彼らは言いました。イエスがパンを裂かれたときに、彼らはイエスだとわかったのです。どうやってわかったのでしょうか。たぶん、イエスがパンを裂かれたときに、釘が刺された跡のある手を見たからでしょう。イエスはすぐに消えてしまわれました。そこでふたりは話しはじました。「道々お話しになっている間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」「そこでこのふたりも、」これは、戻ってきたふたりのことですが、このふたりも、「残りの人たちのところへ行ってこれを知らせたが、彼らはふたりの話も信じなかった。(16:13)」弟子たちが女に偏見を持っていたということで、彼らを完全に責めることはできません。なぜなら、このふたりが戻ってきたときも、彼らは信じなかったからです。不信仰を、疑いを人間の心から取り去ることは、何と難しいことでしょうか。あなたの心から不信仰が取り去られるために、どれだけのことを、神はどれだけのことをなさらなければならないのでしょうか。「しかしそれから後になって、イエスは、その11人が食卓に着いているところに現れて、彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。」または、非難された、叱られました。イエスは、エマオに向かう途中のふたりの弟子にもこのことをされました。「預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。(ルカ24:25) 」イエスは、「彼らの不信仰とかたくなな心をお責めになった。それは、彼らが、よみがえられたイエスを見た人たちの言うところを信じなかったからである。(16:14)」このことについて、イエスは彼らをお責めになったのです。  「それから、イエスは彼らにこう言われた。(16:15)」この命令はマタイにあります(マタイ28:19参照)。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」これは、教会に対し、世界にイエス・キリストの福音を宣べ伝える命令です。「信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。(16:16)」これだけ、はっきりしています。主イエス・キリストを信じれば、救われます。イエスを信じなければ、罪に定められます。聖書はこう告げています。「御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子を持たない者はいのちを持っておらず、神の怒りがその上にとどまる。(1ヨハネ5:12、ヨハネ5:36参照)」「信じる者には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。(16:17-18)」この聖書の箇所を取って、乱用している人たちがいます。過激なグループのなかには、「蛇使い(Snake Handlers)」として知られている人たちがいます。集会を持つと、彼らは次第に狂乱状態になります。輪になっている人たちがガラガラ蛇を手渡していきます。それは、自分の信仰を示すためです。「蛇をもつかみ」という聖句を使って、蛇を手渡していく行為の根拠にしているのです。悪魔がイエスを誘惑したことが、思い起こされます。悪魔は、イエスを神殿の頂に連れて行き、こう言いました。「下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる。』と書いてありますから。イエスは言われた。『あなたの神である主を試みてはならない。』(マタイ4:6、7参照)」信仰を試すために故意に蛇をつかむことは、神を試みることです。害を受けないということで、毒を飲むことも同じことが言えます。信仰を試すために故意に青酸カリやヒ素を飲むことは、神を試すことです。この聖句は、このようなことがなされることを意図したものではありません。これらのことは、全世界に福音を宣べ伝えるという文脈の中で行なわれるものだったことに注意してください。全世界に福音を宣べ伝える宣教師の記録の中には、宣教師が猛毒の蛇にかまれても害を受けなかったという記録が実に多くあります。害虫や病原菌がうじゃうじゃいる沼水を飲まなければならなかった時にも、害を受けないことがありました。使徒パウロのときもそうでした。船が座礁して岸に乗り上げてから、彼らは、暖まって、波によって濡れてしまった衣服を乾かすために火を起こそうと、木を集めました。パウロは木を集めて火にくべると、猛毒のまむしがパウロに取りつきました。島の人々は、「この人は、おそろしい人殺しだ。嵐と波から免れて来たのに、神はこの人を生かしてはおかないのだ。」と言いました。彼らはそれはまむしであることを知っていたので、待っていました。2、3分もたてば、ひきつけを起こして死んでしまうからです。パウロが痙攣して死ぬのを見るために待っていましたが、パウロはそれを火の中に振り落として、しばらくしてもひきつけを起こしませんでした。彼らは、「この人は神さまだ。」と言いました。パウロは害を受けなかったのです。しかし、これは、全世界に福音を宣べ伝えるという文脈の中のことです。私は、全世界に福音を宣べ伝えるときに、このようなことが起こると信じます。猛毒のまむしにかまれてしまった場合に、これを神の約束として受け取ることができるのです。必要にせまられて、汚染されているとわかっている水を飲まなければならないときは、神がそれを祝福されるように祈ることができます。害は何も来ないと私は思います。けれどもこれは、全世界に福音を宣べ伝える文脈の中のことです。これは、出て行って信仰によって試すことではありません。ある教職者が、会衆全員に毒を飲ませて信仰を見せるようにしました。「信仰のない人たちは、この教会にはいらない。」と言いましたが、この人は、何人か失いました。故殺の罪で告発されていますが、当然だと思います。これは、私たちがただ無鉄砲になって、「神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせるのだから、12階のビルから空を飛ぶのを見てくれ。」と言うものではありません。悪魔はこのことを薦めましたが、イエスは、神を試すものだということでそれを拒まれました。聖書の箇所を証明するために、聖書の箇所を信じるあなたの信仰を証明するために、故意に自分を危険にさらすことを拒まれたのです。  そして、マルコの福音書は美しい終わりかたをしています。「主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右に着かれた。(16:19)」今日もそうです。私たちをとりなすために、そこに着かれています(ローマ9:34参照) 。上られた方が、地の低い所に下られた方と同じであり、高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連られました(エペソ4:8-9参照)。ステパノが石を投げつけられているとき、「人の子が神の右の座に立っておられるのが見えます。(使徒7:56)」と言いました。ここには、「右に着かれた。」とあります。エペソ書で、パウロは、「支配、権威のはるか上に、天上において着かれておられる。(1:20、21参照) 」と述べています。けれども、殉教者が御国に来ようとしているときには、イエスは立ってその者を受け入れられるのです。ですから、ステパノは、イエスが栄光の中に彼を受け入れられるために立っておられるのを見たのです。それでステパノは、「主よ、私の霊をお受けください。(使徒7:59参照)」と言いました。ルカの福音書と使徒行伝は、キリストの昇天についてもっと詳しく伝えています。ルカの福音書と使徒行伝に入ったときに、そのことを取り扱いましょう。マルコの福音書は、短縮版の記録であることは以前にお話しました。「そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。(16:20)」アーメン。そのとおりです。これで話しは終わります。彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えました。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされました。これが正しい順番であると、私は思います。しるしが教会において主要な呼び物になるように、神が意図されていたようには思えません。人々をしるしによって呼び寄せて、あっといわせる力を示すのではなく、神のみことばに人を回心させる力があると私は信じます。そして、しるしは伴うのです。したがって、信仰はしるしにあるのではなくて、信仰は神のみことばに立てられるのです。目で見たしるしに信仰を築き上げるのは危険なことだと思います。なぜならしるしを見せるペテン師(charlatan)がいることが多いからです。酸素ボンベを持っていたが、それを外して通路を走る男を見たので信じたのであれば、奇跡に見えるものを見て信じるあであれば、祈ったあと酸素マスクを外して走る男を見て、「私は見た。だから私は信じる。見たんだから。」と言ったとします。しかし後になって、その男は実は酸素ボンベを必要とせず、すべて芝居であったことがわかったら、あなたの信仰はどうなりますか。けれども、神のみことばにあなたの信仰が築き上げられるのであれば、それは揺れ動くことはありません。なぜなら、ある意味で信仰に導いた本物のしるしを見たとします。次に人がいやされないかもしれません。それでも、私の信仰は神がいやしをされることにあるのであるではなく、私の信仰は神のみことばにあるのです。ですから、これは変わることがありません。それは堅く立ち強いものです。信仰を気持ちに置くことはできません。これもしるしになりえます。「私は温かさを感じた。体じゅう、ぞくぞくした。体じゅう、うきうきしてきた。」けれども明日は、体じゅうひどく調子が悪くなっているかもしれません。ですから、気持ちには信仰を置かないのです。事実に置くのです。真実な神のみことばの事実に置きます。変わることのない神のみことばに。信仰が神のみことばに築き上げられるのであれば、確固とし、不動です。しるしが伴うのは素晴らしいことです。すごいです。けれども、信仰をしるしに置かないでください。みことばに信仰を置いてください。